[2021年3月26日]
【五穀】…と言うと、何を想い浮かべるでしょう。
先ず、【米】。次に、【麦】。順当です。ところが、三番目…或いはソレ以降…となると、
甚だ覚束無い状態になります。 ○○ちゃんに叱られてしまいそうです。
『五穀豊穣』とか『五穀米はカラダに良い』…などと散々言っておきながら、
五穀の種類も知らない日本人のなんと多い事でしょう。しかし○○ちゃんは…的な。
実は『五穀に決定版は無い』が本当の所です。地域や時代によっても相違がある様です。
稲・麦・粟・大豆・小豆 『古事記』
稲・麦・粟・稗・豆 『日本書紀』
米・麦・粟・黍・稗 『日葡辞書』
『日葡辞書』(にっぽじしょ)は日本語をポルトガル(葡)語で解説した辞典です。
イエズス会により1603年から1604年にかけて長崎で発行された、と言われています。
記紀の成立に比して、約千年の時間差はありますが、それでも五穀中の三つは合致です。
目を引くのは記紀での記載が【稲】…穀物名でなく、植物名になっている点です。
ダイズ・アズキ・マメ…に関しては【菽】【荳】(*共に「マメ」)などが、五穀の一つとして
中国の古い書物にも散見される様なのです。感覚的には五穀(或いは雑穀類)と
豆類とは別のカテゴリーの様に感じる方々も少なくないのでは?と、思うのですが、
何にしても【米】【麦】【粟】は固定メンバーと考えて良さそうです。
間違え易いのが【粟】と『栗』の字です。『クリ』も古い栽培作物で、静岡県沼津市や
青森県の三内丸山遺跡からも縄文時代に栽培されていた痕跡が確認されています。
また、 【アワ】は隋や唐の税制である租庸調において、穀物を納付する「租」はアワでの
納付が原則だったとする記録もあり、『米』の文字も古くは【稲】の実ではなく【粟】の実を
指していたとも言われています。『栗』と同じく、【粟】栽培の痕跡は縄文時代にまで遡り、
義倉におけるアワ備蓄の定めが養老律令に確認できます。日本最古の穀類作物です。
【粟】も【稗】も本来は【稲】よりも寒冷な気候向きの植生を示すのですが、濡れ手で粟…
の諺通り、米に比べて一粒ひと粒が小さいのはネックの様です。明治以降、特に昭和に
入ってから米の収量増が可能になっていくと、【粟】も【稗】も作付けを減らした模様です。
【稗】も【粟】に劣らず古く水稲以前から食されてきた穀物です。【米】【粟】【稗】は祭事に
際して用いられ、現在も新嘗祭の為に宮中に献上するヒエを青森県などで栽培する制度が
残っています。天保の飢饉の時に、二宮尊徳の提案になるヒエ備蓄が非常食として多くの
農民を救済したのは有名な逸話でしょう。アイヌでも神聖な穀物とされていたそうです。
さて、米・麦・粟・稗…までは仮にOKとしても、5つ目となると…コレは混迷を極める様です。
候補としては、上記のマメ(ダイズ・アズキ)、または桃太郎でも有名な黍(⇒黍団子)。
因みに、黍団子は黍を団子状にしたものですが、吉備団子は御菓子の名称で、別物です。
更には蕎麦の実、或いは麻の実や芥子の実・胡麻・玉蜀黍…など等、より取り見取りです。
ところで、学校の英語の時間に玉蜀黍:トウモロコシはコーン:cornと習うと思います。確かに、
北米・豪州などの多くの国々では一般的にcornはトウモロコシを指しています。しかし英国では
トウモロコシを メイズ:maizeと呼ぶのが普通らしく、対してcornは穀物全般を示す様です。
英語圏でのcornの語彙は穀物全般を指す用法の方が本来の形だった…様なのです。
英国では健康食として主食である食パン等に使用されるシード類が五穀米に似ています。
パンプキンシード:南瓜、ポピーシード:芥子、サンフラワーシード:向日葵、リンシード:亜麻、
…などが代表格の様です。また、穀物全般を指す単語として他にはcereal:シリアルがありますが、
これは「豊穣の女神セレス(Ceres)の」を意味する「Cereālis」(ラテン語)を語源とする様です。