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Andante (アンダンテ) 
音 羽 教 室 1:1個別指導専科

[2021年3月26日]

19号:放課後の豆知識;19…「外来」と「国字」

例えば、【鵲】は「カササギ」と言う鳥の事で、今でも九州以外では滅多にお目にかかれない野鳥です。
7月7日の夜に織姫と彦星が天の川に架かる橋の上で一年に一度だけ逢える…といった七夕説話では
【鵲】がその橋となり、天の川に架橋する事になっています。

  鵲の 渡せる橋に おく霜の しろきを見れば 夜ぞ更けにける  (大伴家持

これは新古今集にも小倉百人一首にもとられている中納言家持の作ですが、違和感がないですか。
『鵲の橋』=『七夕』=季節はです。しかし『霜』冬の季語です。事実、新古今集でも冬の巻
収録されています。補足ですが、古文では1〜3月:春、4〜6月:夏、7〜9月:秋、10〜12月:冬です。

好意的な解釈なら『鵲の橋』=『宮中の階段』ですが、別の解説では、家持の時代(=奈良時代)は
【鵲:カササギ】をその呼び名から【鷺:サギ】の仲間と誤解していた…とも言われます。確かに【冬鷺】は
その名の通り冬の季語です。【青鷺】【白鷺】も夏の季語なので、七夕=秋とは合致しません。

この様に、文字だけが渡来して現物確認のできない事物とは逆に、日本独自の文物や動植物など
大陸には無い日本独特の事物に対して、文字の国産化が行われたのも必要は母だからでしょう。
日本製の漢字を部首別で見ると、 〔鳥・木・魚・金〕とする字が多い事に先ず気付くと想います。

国字と呼ばれる文字のカテゴリーがあります。狭い意味では日本の国内で造形された漢字ですが、
広くは漢字文化圏の中国以外の各国で作られた其々の国に独自の漢字を指しています。未だに
整理が済んでいない分野の様なのですが、【畑】【働】【笹】などは和製漢字と言ってもOKみたいです。

個人的には身偏:ミヘンには特色が現れている様に感じます。例えば、【:せがれ】【:こら(える)】
:しつけ】…などです。和裁では真っ直ぐに縫える様に予め目安になる様な縫い取りをしておき、
それに沿って縫っていく事を仕付けと呼ぶそうですが、【】との関連性を考えてしまいます。

また、国字ではありませんが、略字化によって文字それ自体から受ける印象やインパクトに若干の
ズレが生じたケースもあるかもしれません。礼儀・礼節の【礼】は旧字では【禮】で、また【体】には
【體】の旧字があります。感想で言うと、【礼】【体】より【禮】【體】の方が示唆に富む様な気がします。
上記の【】(国字)も示唆性の点では【禮・體】(旧字)に伍すると思うのですが…。

大陸からもたらされた漢字を和風に仕立て直したのが国字と言えそうですが、概して日本は外来の
文物には寛容でした。『ディスる』なども類例でしょうか。今から約200年程前に活躍した理学系の
人物に宇田川榕菴という方がおられました。その著作に『舎密開宗』という化学入門的なタイトルの
労作があります。単なる翻訳本とは異なった体系的な化学書と評価されるものです。

【舎密】とはオランダ語で化学を意味するChemieの音訳です。後に川本幸民による『化学』という
翻訳語が意訳的に定着した様ですが、宇田川榕菴の業績は化学分野以外でも多岐に渡ります。
榕菴由来の翻訳例では、元素(酸素,水素,窒素,炭素,白金…等々)・金属酸化還元溶解試薬など。
圧力温度結晶沸騰蒸気分析成分物質法則珈琲(哥非乙)等の翻訳語も榕菴製です。

科学的な知識・技術の解説・説明に当たって、当時の日本に無い概念を紹介するには、専門の
用語もまた不可欠なのは当然ですが、享受しているだけの身としては草創の労苦が偲ばれます。
宇田川榕菴による翻訳語や知識紹介が無ければ、その後の展開はもう少し遅れたのかもしれません。

・・・・H:水素
・・・・He:ヘリウム
・・・・Li:リチウム
・・・・C:炭素
・・・・O:酸素
・・・・F:フッ素
・・・・Na:ナトリウム
?・・・・Pt:白金
・・・・Hg:水銀
・・・・U:ウラン       他方、こちらは中国での元素表記の例です。これも中々の労作ですね。