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Andante (アンダンテ) 
音 羽 教 室 1:1個別指導専科

[2021年8月28日]

69号:狐と狗と流星

令和に入って、2月23日は天皇誕生日となりましたが、今回の話題は今から1384年前の2.23に
起こったとされる天象についてです。舒明天皇9年西暦637年の2月23日の記載が日本書紀に
残されています。舒明天皇は34代の天皇で、先代は推古天皇、次代は皇極天皇です。推古天皇は
有名な「日出処の天子」で、皇極天皇は天智天武:両天皇の母親で、舒明天皇の皇后でした。

大星、從東流西、便有音似雷
時人曰流星之音、亦曰地雷。
於是、僧旻(ホフシ)曰「非流星。是天狗也。其吠聲似雷耳。」

1行目➡「大星、東より西に流る。便(スナハ)ち音有りて雷に似たり」
3行目➡是に僧ほふしが曰はく
      「流星にあらず、是れ、天狗(アマツキツネ)なり、其の吠(ほ)ゆる声雷に似たらくのみ」

大きな星が東から西に流れた。すぐに音が有って、雷に似ていた。
その時の人は「流星の音だ」、また「地雷(ツチノイカヅチ)だ」、と言った。
僧:(ミン)という僧(ホウシ➡法師)が言った
「流星ではない、これは天狗(アマツキツネ)だ、その吠える声が雷に似ているだけだ」と。

現代の我々から観ると、おかしな記載に感じてしまう個所が幾つかあります。
先ず、「アマツキツネ=天狗」です。「狗=イヌ」です…「羊頭を懸けて狗肉を売る:羊頭狗肉」の
様に、「キツネは狐」⇔「イヌは犬=狗」のハズです。そして「天狗」は「テング」で、「鞍馬天狗」
「カラス天狗」「水戸天狗党」大雄山最乗寺(神奈川県)…等が私達の「天狗」のイメージです。

と言う僧は、留学生として遣隋使である小野妹子に従い出帆し、高向玄理南淵請安らと共に
608年に隋に至り、以降24年間に隋〜唐で仏教・易学などを学び、舒明天皇4年(632年)に帰朝
しました。当時の最先端の知識を持つ博学な人物です。「時人」が「流星之音」と言った…と上記の
日本書紀の文面にありますが、こちらの観察所感の方が天文学的な様に想われてしまいます。

1つの仮説として、地球には毎日:1トンの流星が降り注いでいる可能性があるとの研究結果が
発表された事があります。流星の中で特に明るいものを火球(カキュウ:bolide・fireball)と呼びます。
「天狗」の呼称は、明るく尾を引いて流れる姿を、狐とその尾部に見立てたのかもしれません。
昼間でも、裸眼や実視で視認可能なのは-4.0以上の等級と言われていますので、火球は-4.0等
前後以上に明るい流星と言えそうです。因みに、火星で-3.0金星で-4.8、が最大の明るさです。

大きな火球が出現した際、火球の光が消えてから数分後に雷の様な、或いは大砲を撃った様な
大音響が聞こえるケースがあります。稀ですが、時にはガラス戸が振動で割れた事もありました。
このパターンが、おそらく上記:日本書紀舒明9年の「音有りて雷に似たり」に該当するのでしょう。

音速を上回る速度で落下する火球によって、大気の激しい波衝撃波が生まれ、それが地表に
届いて我々に音として聞こえる現象ではないか?…と言われていますが、火球や隕石の落下時
の音響や衝撃波(ソニックブーム)は未だ完全には解明されておらず、幾つかの説があります。
また、音速光速より遥かに遅いので、ソコに時差が生まれます。雷光雷鳴に似た関係です。

しかし、空気の薄い遥か上空で燃え尽きてしまうと、我々には音として伝わって来ません。また、
垂直に近い角度で落下すると、仮に音が発生していても、狭い範囲でしか聞く事ができません。
日本書紀の記載での、狐が尾を引いて空を横切る様な時、火球音は耳に届き易くなる様です。
或いは、発生音の有無で、古代の人々は火球の種類を分別していたのかもしれません。