[2022年5月12日]
1番:卯の花の匂う垣根に 時鳥 早も来鳴きて 忍音もらす 夏は来ぬ
2番:さみだれのそそぐ山田に 早乙女が裳裾ぬらして 玉苗 植うる 夏は来ぬ
3番:橘の薫る軒端の 窓近く蛍飛びかい おこたり諌(いさ)むる 夏は来ぬ
4番:楝(おうち)ちる 川べの宿の 門遠く水鶏声して 夕月すずしき 夏は来ぬ
5番:五月やみ 蛍飛びかい 水鶏鳴き 卯の花咲きて 早苗植えわたす 夏は来ぬ
『夏は来ぬ』(なつはきぬ:1896年5月発表)は、佐佐木信綱作詞・小山作之助作曲の唱歌です。
「夏は来ぬ」は文語表記で、「来(き)」はカ変動詞「来」(く)の連用形、「ぬ」は完了の助動詞の終止形。
意味合いは、今まさに「夏が来ている/夏がやって来た」…という様な具合になるかと思います。
完了の「ぬ」の用法は、堀辰雄の中編小説:『風立ちぬ』(かぜたちぬ)の「ぬ」と同じです。
上段の意訳の様に、現代の日本語には「完了」を表意する助動詞が希薄で、生活感的にも
馴染みが薄く、中には否定・打消しの「ず」➡「ぬ」と勘違いされているケースもある様です。
【1番】
卯の花は、卯月:旧暦の4月に咲くことからの呼称と言われます。卯の花はウツギ:空木と言う
落葉低木の花です。ウツギの名は「空木」の意味で、幹(茎)が中空である点からとされています。
卯月:旧暦の4月…今の暦では凡そ5月GW前後…あたりでしょうか?
「忍音(しのびね)」とは、その年に初めて聞かれるホトトギスの鳴き声を指しています。
郭公(ほととぎす) 鳴くや五月の あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな
古今集:469番:よみ人しらず:題しらず…の歌です。469番歌は第十一巻:恋歌一の巻頭歌です。
【2番】
「玉苗:たまなえ」は、「早苗:さなえ」などと同じく、「苗代:なわしろ/なえしろ」から田圃へと
植え代えられる苗の事の様です。その作業を担うのが「早乙女:さおとめ」=「田植えをする女性」、
裳裾(もすそ)は衣服のすそ…田植えをする女性の着物の裾です。
【3番】
「蛍飛びかい おこたり諌(いさ)むる」ですが、これは故事:「蛍雪の功」からの発想と言われます。
【4番】
「楝(おうち)」とは、夏に花をつける落葉樹のセンダン(栴檀)を示す古語です。
「栴檀は双葉より芳(かんば)し」という諺がありますが、実はコレ:栴檀でなく、白檀の事らしいです。
植物学的に、センダンは特別な香りを持たないとされていますが、対して白檀は有名な香木です。
「栴檀は双葉より芳し」…大成する者は、幼い時分から人並み外れて優れていることの比喩
「くひなのうちたたきたるは、誰が門さしてとあはれにおぼゆ」…『源氏物語・明石』の一節ですが、
水鶏(クイナ)が門や扉を叩くとは、クイナの鳴き声からの連想と言われています。
卯の花やホトトギス、五月雨(さみだれ)、田植えの早乙女や栴檀など、5月を象徴する季語や
花鳥風月を豊かに詠み込んだ詩が、初夏の風情を想起させます。桜の去った後の景色でしょうか。