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Andante (アンダンテ) 
音 羽 教 室 1:1個別指導専科

[2022年11月12日]

107号:アメンボ

アメンボ…英語ではウォーター・ストライダーとかウォーター・スケーターなどと呼ばれる様です。
観察的な呼称で簡潔な表現です。和名のアメンボは「(の)棒」または「(の)坊」とされます。
(の)棒(坊)」ではないと言われるのは、例えば…「雨」+「傘」:アマガサだったり、「雨」+「粒」
:アマツブ、「雨」+「樋」:アマドイ…などの発音が確認できる点も反証とされている様です。

「飴」の由来はアメンボが臭腺から分泌する飴の様な匂いからと言われます。アメンボはカメムシ
の仲間に分類されます。カメムシは胸部第三節:後胸の腹面にある臭腺から分泌液を飛散させ、
捕食者などからの外部刺激に対して防御を行うと考えられています。「臭」か「匂」か「薫」か?は
嗜好の問題で、防御能力の本質とは無縁です。でも、個人的には「臭い」なのではないか?…と。

アメンボは昆虫なので脚は6本、中脚と後脚が細長く発達して前脚の短い種類が多く、脚には
全体に極細の毛が密生していますが、水面を移動する際には足先の毛だけを水面に付けます。
足先の細毛が水を撥くのは、脚の先端部から油を分泌し、水の表面張力を利用している様です。
アメンボが独特なのは水中の深浅でも、水際でも、陸上でもなく、水の表面:水面上を活動圏と
しているところで、この特性から海水圏に進出している数少ない昆虫の一つともなっています。

水面生活をするアメンボの多くは、水面を獲物捕獲の場=手段としています。アメンボは肉食で、
水面に小動物・昆虫やそれらの死骸が落ちると、その波紋を感知して、素早く接近、前脚で捕獲、
針状の尖った口器を突き刺して、消化酵素を含んだ体液(唾液)を注ぎ込み、溶けて液状になった
獲物の体組織を摂取します。この針状口器による体外消化は水生カメムシ類の特徴と言えます。
稲につくウンカや蚊の幼虫のボウフラなども捕食するので、アメンボはヒトにとっては益虫です。

水中(水生)のカメムシ類は、ヤゴの気管鰓などと違って、水中の酸素を取り込む事はできません。
潜水中の呼吸は腹端末の呼吸管を伸ばし水面上に突き出して呼吸するのですが、水槽の様な
水を張っただけで突起の無い環境下では衰弱して、死んでしまうケースもあります。程度の差は
あっても、エラを持たない水生カメムシ(タガメ・タイコウチ・ミズカマキリなど)には共通した傾向の様です。

水生カメムシの中でも水中捕食を行わない水面生活のアメンボは呼吸で困ることはありません。
それでも、ヤゴや魚の様に終日や終生を水圏で終えることはなく、休息時には上陸します。水面
はアメンボにとって捕獲の場です。産卵時以外は水中にも潜りません。水中はアメンボの活動圏
ではなく、潜水産卵は外敵から卵を守る為の窮余の策と言えそうです。

アメンボは産卵時の潜水の際には空気を体にまとわりつかせて呼吸を確保します。上記の
水面滑走時の撥水に用いた極細の体毛と油分を転用している様です。産卵後約10日程で
孵化するそうで、幼虫も直ぐに水面に出てきます。幼虫とは言ってもの無い事を除けば、
成虫と殆ど同じ姿をしており、成虫と同様に水面で活動します。

水面の表面張力は常温下では高い数値を示します。ダントツで首位の水銀に比べると、
1桁違うのですが、アセトン・ベンゼン・エタノール・メタノールなどと較べれば、2〜3倍の
値となっています。アメンボは移動と捕食に水の界面張力を利用している訳です。

液体の表面上にある分子は内部の分子と比べて、より不安定な状態に置かれています。
その為、表面をできるだけ小さな面で保つ事で、安定度を補う傾向が生じます。なみなみと
注がれたコップ上面の水が中央部にかけて少し盛り上がっていたり、屋上から散水された
バケツの水が空中で水玉になったり…界面(液体が外部と接する面)が不安定であるほど、
界面張力は大きくなります。小さな虫にとっての水面の張力は、粘度とも換言できそうです。

巧みなハンターの様に映るアメンボですが、彼らの水面活動は高い危険度と抱き合わせの
関係になっています。前記の通り、アメンボは泳いでいる訳ではなく、浮かんでいるのでも
ありません。水の界面張力を利用し、水面と言う極薄の膜の上に立っているのが彼らです。

もし仮に、水面の張力が壊されたら、アメンボは沈没してしまう事になります。水生昆虫の
アメンボは実はカナヅチで泳げません。アメンボの潜水は急場では無理な様です。脚元の
薄い膜が破れたとたんに、彼らは溺死してしまいます。或いは捕食されてしまう事でしょう。
たった1滴の食器用洗剤:界面活性剤が水溜りのアメンボを全て水没させてしまう訳です。
ただの石鹸が環境や生物相を破壊する…その卑近な一例がアメンボと言われています。