[2022年12月14日]
弐機のはやぶさは様々な目的から実施された計画ですが、その成果として注目を集めたのは
世間的にはサンプル・リターンでした。それは文字通り標本の回収です。太陽系の変化と成立、
または生命の起源に関する資料が得られるかもしれない…その期待値としての標本回収です。
生体を構成する物質について、現代の科学は解明を続けてきています。しかし、幾ら構成物質を
集めてみても、ソレが自発的に動き出す訳がありません。生体を構成する物質と、生命体との間
には、その底が見えない程の深く暝い溝が横たわっている様です。
『創世記』第2章7節では「神は地面の土を使って人間を作った」と説明されていて、鼻の穴から
ルーアハを吹き込んだ…とされている様です。ル−アハとは聖霊の事だそうですが、門外漢には
何の事なのか?さっぱりです。好意的に推測すれば、紀元前の昔から、物質と生命との隔絶を、
漠然とではあっても、人類は直感していたのかもしれません。
最近の学習体系の中では、あまり習わない様ですが、原初生命へのアプローチとして、旧ソ連の
生化学者で、化学進化説を提唱したアレクサンデル・オパ−リンによる『コアセルベート』仮説が
ありました。初めてこの説を聞いた際には眉唾モノの様に感じたのですが、このオパーリン氏は
モスクワ大学の教授ともなり、基礎科学の分野では特に多大な功績を残しています。
他所からコアセルベートの解説を拝借すると…
ダーウィンは現在の生命は共通の祖先に由来すると提唱する中で、生命の系統樹を悠に遡ると、
全ての生命はたった一つの共通祖先:ur-organism に至り、それは非常に単純で原始的なモノで
あった…という可能性に触れていました。この際、最重要なのはその最初の祖先:ur-organism
の由来です。ur-organism が非生物である有機物からどの様に生じたのか?を説明する目的で、
コアセルベートを考え出したのがオパーリン…とされています。
オパーリンは未だ酸素も無い原始地球の海洋:化合物のスープに太陽光…特に紫外線が照射
されることによって有機化合物が生成され、稀に更に大きな分子へと結合し、それがコロイド…
ひいてはコアセルベートの生成に結びついたのだろうと考えた、様です。
コアセルベートは生きた細胞にも似ており、オパーリンはそれらが最終的に単純な原初の生命:
ur-organism となりえるまで複雑化したと考えた…と見られますが、私見を申し上げれば、やはり
物質は物質、高濃度の収斂に紫外線照射でも、生命として自立的に活動を始めたりしません。
生物史には幾つかのミッシングリンクが在るとされます。有名なのはサル⇒ヒトですが、こちらの
欠損部分は以前よりは短くなっている様です。しかし、有機物:モノ⇒生命の遺失部は、或いは
鎖1つ分のパーツかもしれませんが、ソノたった1つを見出せない限り、無生物は動き出しません。
オパーリンのコアセルベート仮説の様な、地球圏での自然発生的な原初生命の諸説に対して、
異論を唱えた人々も存在します。その代表格…或いは草分けがスヴァンテ・アレニウス氏です。
パンスペルミア的な視点はアレニウスの独創ではありません。科学的な考え方としても18世紀の
後期には初期的な提言がされていた様です。しかし、宗教の教義的には更に古い考え方でした。
信仰としてのパンスペルミア的な教義は、エジプトの古王国(前27世紀〜前22世紀)にまで遡り、
初期のヒンドゥー教・ユダヤ教・キリスト教の一部にも見られ、人類史にも匹敵する古い信仰で、
生命の起源は天(神)から播かれた…とする教旨です。そして、科学での天界…それは宇宙です。
スヴァンテ・アレニウスはスウェーデンの科学者で、物理化学の創始者の1人です。1903年には
電解質の解離の理論に関する業績によりノーベル化学賞を受賞、氷河の研究から1896年には
大気中の二酸化炭素量と温室効果の関係を初めて科学的に指摘しました。或る温度条件下に
おける化学反応速度を予測する「アレニウスの式」やアレニウス・パラメータでも知られています。
1906年、アレニウスは「生命の起源は地球本来のものではなく、他の天体で発生した微生物の
芽胞が宇宙空間を飛来して地球に到達したものである」と提唱、この仮説をパンスペルミア説と
名付けました。地球上の生命の発生は地球に由来しない、原初の生命は宇宙からやって来た、
宇宙空間には生命の種が拡がっている…とし、宇宙汎種(播種)説・胚種広布説とも呼ばれます。
その後、宇宙空間の低温や、地球への侵入時の諸条件の厳しさなどから、前出のオパーリンら
によって否定されましたが、近年の隕石研究や生命研究の進展から復権を果たしている様です。
実際に日本でも、多数の科学者により【たんぽぽ計画】が立案され、2015年からは宇宙空間に
浮遊する物質を採取、サンプルを地球に送り、解析する…一連の活動が続けられているそうです。
他天体に生命の種を求めるはやぶさ計画も、この同一線上にある…と…言えるのでしょう。