[2025年6月28日]
中東情勢でウラン濃縮と言うワードを耳にします。濃縮と言うより、選別かもしれませんが、
英語ではuranium enrichment…enrichは形容詞richに接頭辞enが付いた動詞です。
「enrich」は物理用語では「濃縮する」と翻訳されるみたいですが、他の一般的な用法では…
「豊かにする、強化する、栄養価を高める、向上させる、地味を肥やす」…などです。
形容詞「rich」は「豊富」の意味で、そのrichに接頭辞「en」の付いた動詞が「enrich」。
接頭辞enは「〜にする」的な作用を持ち、接尾辞「ment」で動詞から名詞を形成します。
その「uranium enrichment」にはフッ素:Fが欠かせない様です。
ご存じの通り、ウランと言えば、放射線を出す剣呑な物質で、
フッ素と聞くと、歯医者さんや歯磨き粉を連想される方も多いと想います。
地球上で或る程度利用可能な量が存在している物質で、天然の元素としては
ウランが最も重いと言われます。ウランと言えば、原爆・原発のイメージですが、
それは核分裂を起こさせる事でエネルギーを取り出せる性質があるからです。
エネルギー源となるのはウラン235で、ウラン238はそうではありません。ウランには
幾つもの同位体があり、程度差はあっても全ての同位体が放射性の様なのですが、
ウラン235だけが唯一天然に産出する核分裂を起こす物質として知られています。
ウラン235は円谷特撮のウルトラマンに出てきた怪獣ガボラの好物でした。
ここで、問題となるのがウランの中での存在比率です。全ウランの量を100%と
すると、ウラン238は全体の99.24〜99.28%になるそうです。対して、第二勢力の
235は0.7〜0.72%と言われ、残り(?)がウランのその他の同位体となるワケです。
天然ウランの中から235を取り出さなければ、エネルギー源にはなりません。
ところが、困った事にウランの融ける温度:融点は約1100度、沸点に至っては
3700度を越えます。ウラン鉱石の状態では238と235の分離は不可能ですが、
物理的に気化させるのにも膨大なエネルギーが必要になり、非効率です。
種子島宇宙センターでの打ち上げ時、ノズルから噴出されるガスは約2000度。
因みに、太陽の表面温度は6000±度だそうです。リメイクアニメのヤマト2199に
その名が出てきた恒星グリーゼ581(赤色矮星)の表面温度が3500度程度の様
ですから、3700度は天文学的な高温と言えます。そこで、どうするか?と言うと…
物理が無理なら、化学の出番…熔かすのがNGなら、溶かそう…となります。
採掘されたウラン鉱石を砕いて硝酸溶液に浸し、溶出⇒濾過⇒乾燥させると、
粉末状になる様です。この段階がイエローケーキと呼ばれる状態だそうですが、
そこで出てくるのがウランの次の特性:ハロゲン化させると気化し易くなる…です。
ハロゲンは周期表に向かって右から2番目の縦列です。周期表は軽い元素ほど
上段に記載されています。ハロゲンで最も軽い元素…やっとフッ素の登場です。
ウランのフッ化は、先ずウランとフッ素ガスを化合させて5フッ化ウランにした後、
更にフッ素と化合させることにより、6フッ化する…みたいです。
その6フッ化ウランの沸点は?と言うと、ナント56〜57度…ペテンか魔術です。
十分に発達した科学は魔法と見分けが付かない…或る映像作品中の台詞です。
この気体状態の6フッ化ウランなら、238と235を分離する事が可能になります。
238と235は重量(質量≒中性子数)の差ですから、遠心分離ができる訳です。
ウランならどんな同位体でも陽子数は原子番号通り92。同位体間の質量差は
ほぼ中性子数の差で、ウラン238が146、ウラン235では143…となっています。
146 - 143=3、重量差は中性子3つ分、3/238だけの差です。そこで、フッ素の
純度も大切です。弗素の元素記号はF、原子番号は9、原子量は18.9984(≒19)。
ウランと違って、フッ素にはフッ素19以外の安定同位体が存在せず、フッ素化物
として同位体分離を行っても質量誤差を生じないメリットがあるそうです。
現在、高純度フッ化水素は日本の化学メーカー3社が寡占しているそうですが、
原料(主に蛍石)の殆どを中国に依存しています。ほたるいしはハロゲン化鉱物で、
主成分はフッ化カルシウム:CaF2です。フッ素の化合物は極めて安定しており、
長期間変質しないという特徴を持つ様ですが、これは壊れにくさと表裏ですので、
フッ素のリサイクルは実質的に不可能とされます。フッ素の取り扱いは要注意で、
PFOS や PFOA なども弗素の化合物…人工有機フッ素化合物:PFASです。