[2013年6月17日]
「今ここにいる皆さんは日本代表のチームメートです。怖い顔をしたお巡りさんも心の中ではW杯出場を喜んでいます。おうちに帰るまでが応援です」
サッカー日本代表がワールドカップ出場を決めた6月4日夜、東京・渋谷駅前のスクランブル交差点に、その名も「DJポリス」が登場しました。歓喜にわく数千人の若者を軽妙な語り口でさばいたことで、インターネット上などで評判になりました。
「車を通してください。ドライバーにもサポーターはいます。日本代表はフェアプレーで有名。皆さんもルールとマナーを守ってください」と拡声器で訴えると、若者たちの乱暴ぶりに歯止めがかかります。
また交差点で歓喜の輪ができそうになると、「お巡りさんのイエローカードが出る前に、交差点を渡りましょう」と注意を促します。
「皆さんは12番目の選手。日本代表のようなチームワークでゆっくり進んでください。けがをしては、W杯出場も後味の悪いものになってしまいます」
いつの間にか、祝賀ムードを味わいたいと集まったファンたちが、DJポリスのユーモアあふれる言葉のとりことなるのですから、何とも不思議な雰囲気です。
この警察官は警視庁第9機動隊の20歳代の男性隊員です。今年1月にはアナウンス技術の警視庁内競技会で優勝した逸材だとも言われています。
イソップ童話の「北風と太陽」の話を持ち出すなら、何かの拍子に、人は心の冷たい北風になります。強引な方法で、解決を図ろうとしがちですがが、それではかえって人の心を逆なでし、事態を悪化しかねません。今回ワールドカップ出場を果たし、渋谷では過剰なほどのお祭り騒ぎとなってしまいましたが、これまでの経験から、へたをすると、秩序を失い、暴徒と化し、逮捕者まで出す事態に発展しかねませんでした。
ところが、DJポリスが、人間味あふれる真心のこもった言葉を駆使することによって、大きく人の心理に影響を与え、善意の行動を引き出すことができました。結果的に、負傷者ゼロ、逮捕者ゼロだったことからも、私たちは、優れた人柄を感じさせるDJポリスから学ぶところが多いと思います。
いざ、人に何か言葉を伝えるとき、まさにDJポリスのように、心と言葉との間にバランスをとり、しっかりと伝えるべきことを確認しながら、心のこもった言葉を上手に操らなければなりません。
やはり人は心でできた生き物です。最も効果的に心と心をつなげるのは、言葉という手段ですが、どのようにして気持ちが込もったメッセージを紡いでいくか、その人間の生き方もまたその言葉に、にじんくるのではないでしょうか。
そうすると、作文指導においても、同じことが言えます。どうしたって、表現の技術だけでは、ごまかしが利かないということを意味します。
よく安易に、本屋で売られている作文の書き方などを頼りがちですが、それは正しい答えではありません。誰もが陥りやすい間違いです。ありきたりの定型作文などが、どうして人を魅了し、人の心を揺さぶることをできるでしょう。たとえば、DJポリスが、心のない無難な表現で交通整理していたなら、あの日の渋谷の街はどうなっていたでしょう。
いわば、自分の生き方そのものが、問われるのが作文であり、作文の答えは、実は自分の中に埋もれています。作文の出来不出来は、この無意識の中に押し込められている自分オリジナルのドラマティックな体験を掘り起こせるかどうかにかかってきます。
仮に運動会でも、修学旅行でも、別々の二人が、同じ体験をしたとしましょう。その人の心を通すわけですから、全く異なる色合いの物語になります。人間的に魅力のある人の体験は、そこに深いドラマがあるでしょうが、もしも人としてまだまだ学ぶべきことがある人は、薄っぺらな物語しか描けないはずです。はっきりしているのは、二つの間に、大きな次元の違いがある――ということです。
したがって、作文指導上、最も大切なのは、優れた人格の形成と、高次元の観察力・解釈力です。この観察力・解釈力は、優れたパーソナリティが下支えすることによって、まさしく見える世界に奥行きをつくってくれます。
ここに壮大な作文の感動があります。