[2013年8月23日]
一昨日、昨日のブログに続き、第三弾目です。本日のテーマも、大人気の公立中高一貫校対策です。今回は適性検査の中でも必須の作文講義についてですが、先週実施の「過去問対策講座」では、平成23年度大泉高等学校附属中学校の作文問題を扱いましたが、なかなか文章レベルの難度が高い問題でした。
一般的に遠近法というと、「3次元の現実世界を、いかに2次元の平面で、リアルに表現するかを意図して、編み出された絵画の手法」です。
ところが、なかなか興味深いのは、この遠近法の使い方です。千利休の創ったある茶室は、手前の窓よりも、奥の窓をずっと小さくデザインすることで、現実の茶室の空間を大きく見せます。
もう少し敷衍しますと、絵画の遠近法が、3次元の世界を、あたかも現実世界であるかのように、くっきりと平面世界で再現するのに対して、利休の茶室は、もっと極端に遠近法の錯覚を起こし、異次元の非現実世界を生み出します。
同じ遠近法でありながら、現実に近づける絵画的手法とは相反して、現実世界を非現実空間にしてしまうという利休の発想は、これがどうして、思わず目から鱗が落ちるような斬新さがあります。また利休の発想を見事見破る著者の眼力に対しても、称賛せずにはいられません。
以前、遠近法については、外山滋比古先生の文章を紹介しました。そこでは、絵画の遠近法と、心の遠近法を比較するアイデアが卓抜で、例示の仕方に配慮が行き届いていました。
先にもあるように、やはり絵画の遠近法の基本として、近くは大きく、遠くは小さく描きますが、心はそれと反対です。まさに灯台もと暗しというように、近くのものほど、小さく見え、遠くにあるものほど、かえって大きくよく見えると、解釈しているあたり、読む者の関心を最大値化させます。確かに、東京に暮らすと、近場の史跡の価値を薄めてしまいますが、遠方からここへ訪れる人にとっては、たいへん魅力的に映ります。
何にしても、利休の茶室にしても、心の遠近法にしても、遠近法一つで、別々の解釈をつけることで、全く異なる世界観を生みながらも、どちらも際立った解釈の論があるので、ほ―っ!とうならずにはいられません。考えるに、人間の叡智を結集させた解釈の力は、いくつもの個性的な見解を創ると同時に、したがって、このように多様性に彩られた解釈の色は、実に、実に──きらびやかです。
少々横道にそれましたので、戻します。当塾西葛西校の公立中高一貫校対策コースでは、次のような模範解答を作成して授業を展開しています。よろしければ、公立受検にご興味のある皆様、ご参考ください。
問題1
問題文の遠近法について、説明したのち、その効果をまとめ、さらにその効果に対して、あなたが気づいたことを書きなさい。
解答
待庵の茶室は、手前の窓の大きさに比べ、わざと奥の窓を小さくすることで、現実よりも遠近感を強調する。この利休の考えにより、小さな茶室をより大きく見せることで、非現実の仮想空間を創り出している。このように、現実の方をゆがめて非現実的な世界をもたらすことによって、その情報を取り入れる脳の中に、美しさの極みを印象づけさせる。たとえば、海外の映画で日本の街が出てくると、なぜか芸者や侍が登場する。日本人からすると、とても今の日本とは思えないが、このゆがめられた非現実世界は、海外の方々にとっては、すんなりと受けとめやすいのかもしれない。
あらすじの補足事項
千利休の言葉に、「花は野にあるように」とある。一般的に、自然の野に咲いていると解釈されるが、本来、山の斜面の森に咲く山桜を、野にあるように活けるということは、現実を超えた仮想空間を創るということになる。すなわち、フィクションが美を生むということだ。外の現実に芸術空間があるのではなく現実世界をゆがめて、非現実世界を創るとき、人間の脳の中に、芸術が生まれる。
問題2
筆者が芸術や美について、最も言いたかったのはどのようなことなのかを考え、それをあなた自身の体験や知っていることをもとにして説明しなさい。
解答
筆者の解釈によれば、非現実の空間を創ることで、現実を超えた美が生まれる。外にありながら、脳の中にこの美をとりこむことで、日常では到底味わえない芸術となる。
たとえば、アニメーションの世界には、大人も子供も魅了されるディズニーのミッキーマウスなどの愛らしいキャラクターがいる。よりかわいらしさや欠点を強調するデフォルメという方法を使い、その魅力を究極まで際立たせることができる。もしもこれが実写版のネズミを主人公にしたら、ここまで私たちはその世界観に共感しないはずだ。またアニメーションでは、人物や動物だけではなく、背景や小道具までゆがめて表現することで、観る側との距離を縮め、感情移入がスムーズにいくように工夫がされている。
今や世界の映画賞でもアニメーションが高く評価される時代であり、万人が認める芸術作品の域にあるとも言える。どんな人でも、一度その非現実世界を体感したのなら、その人間の脳の中で、さらにイマジネーションが広がり、ミッキーマウスやトトロが躍動し始める。このように美しく魅力的に創造した非現実世界を、人間の豊かな脳の世界が飲みこむことこそが、真の芸術といえるのではないか。