[2018年3月30日]
言 の 葉
祝婚歌
二人が睦まじくいるためには
愚かであるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完全なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
うたがわしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい
― 吉 野 弘 ―
吉野弘(よしのひろし): 1926(大正15)年1月16日−2014(平成26)年1月15日。山形県酒田市生まれ。若いころ高村光太郎の『道程』を読み、その衝撃から詩人への道を歩み始める。ロックミュージシャン浜田省吾の「悲しみは雪のように」は、吉野の「雪の日に」から着想を得たようだ。脚本家山田太一もドラマ『ふぞろいの林檎たち』で吉野の詩を引用している。「祝婚歌」は、姪の結婚式に出席できないために新郎新婦に書き送った詩である。著名な詩人だったが、職を問われ、「雑文業です」と答えることもあったという。人柄が伝わってきます。