[2014年4月22日]
算数・数学好きの子どもを育てるには 算数・数学嫌いの理由とは
小学校高学年になると苦手教科として挙げられることの多い算数や数学ですが、算数・数学を好きになってもらうにはどうしたらよいのでしょうか。横浜国立大学大学院教授で『計算しない数学』著者の根上生也先生に伺いました。
○子どもは誰でも数学者!?
まず手始めに、お子さんといっしょに紙の上に円を描いてみましょう。コンパスや定規は使わずに、フリーハンドで「まんまる」を描いてください。あなたとお子さんとどちらが上手に描けたでしょうか? 出来映えを比べて、何度もチャレンジしてみましょう。
実は、私は毎年11月に、フリーハンドでどれだけきれいな円が描けるかを競う「円描き大会」を主催しています。「円」とは、中心から等距離にある点の軌跡だと数学的に定義することができますが、そんなことを知らない幼稚園児でも、「まんまる」は描けます。それができるのは、「円」というものが、学校で習うまでもなく、私たちの心の中に宿っているからです。
ほかにも、どちらの棒が長いとか、どちらがたくさんあるとか、子どもたちは算数を習う前からいろいろな算数的な事柄を直観的に理解する力を持っています。そういう生得的な力を私は「基礎数学力」と呼んでいます。それは、数学的な原理や構造を見い出す能力です。「見てそれとわかること」と言ってもよいでしょう。
それは目で見てわかることだけではありません。たとえば、ハトが10羽いるのに巣が9個しかないと、何が起きるでしょうか。もちろん、どこかの巣にハトが2羽入ることになりますね。その理由をうまく説明できないにしても、誰もがそう考えると思います。これも基礎数学力のひとつです。私は基礎数学力を自然に伸ばして、学校で習う算数・数学と向き合う「態度」を育てることが大切だと考えています。
○算数・数学が嫌いになってしまう理由
積み木やブロックでいろいろな形を作ったり、お菓子やおもちゃの数を数えたり。子どもたちが小さいときに経験することは算数・数学的なことばかりです。知らず知らずのうちに、遊びをとおして、図形や数の概念を学んでいきます。きっと基礎数学力が自然に発揮できる状況はどの子にとっても楽しいでしょう。実は、小学校低学年の子どもたちの多くは算数の授業が大好きです。ところが、高学年になって機械的な計算の指導しかしない先生に出会ってしまうと、基礎数学力を発揮する余地がなくなり、自分の判断や理解を中心にして算数と向き合う機会を失ってしまいます。その結果、算数・数学が「自分」とは遠い存在になってしまい、しだいに嫌いになっていくのでしょう。計算が得意か不得意かの問題ではありません。
○算数好きにする3つの法則
より多くのことを覚えていて、計算が速い。自分のお子さんがそういうふうになればよいと思っている保護者のかたが多いかもしれませんね。確かに、そうなれば、テストの成績もよく、受験もそれなりにこなせる子どもになるでしょう。でも、それだけでは決して算数・数学が好きで、得意な子どもにはなりません。大学受験が終わった途端に、数学から離れていってしまいます。
そういう子どもでよいという考え方もあるかもしれませんが、子ども時代に膨大な時間を費やして獲得した力が大人になったら必要ないというのはもったいない話ではないでしょうか。では、大人になっても算数・数学が好きであり続けるようにするにはどうしたらよいのでしょうか。私はそのためには次の3つが大切だと思っています。
1.保護者の数学観を押し付けない。
2.自分で判断することに自信を持たせる。
3.解答の速さを求めない。
お母さんが嫌いだった算数・数学をお子さんが好きになるわけがありません。算数・数学が好きな子どもはそれとは違うものを見ているのです。その一端は小中学校の算数・数学の教科書に垣間見ることができます。実は、各単元の導入は、算数・数学を自分自身の力で作り上げていくように書かれているのです。もしもご自分のお子さんが算数が苦手なようなら、いっしょに算数の教科書をじっくりと読んでみてはどうでしょうか。計算を速くする練習よりも、きちんと理解することに力を注いだほうが将来のためになりますよ。
○数学が得意な子の共通点
算数・数学が得意だと思っている子どもたちに共通していることが3つあります。1つ目は、自分で考えないと気がすまないこと。2つ目は、自分はきちんと考えられるという自信と誇りを持っていること。3つ目は、計算問題が嫌いだということです(笑)。なので、数学好きな子どもに育てるには、幼少期から自分で考えるという態度を育むことが重要です。
もちろん、誰だって好き勝手に自分で考えて行動したいでしょう。実際、算数が得意な子も苦手な子も、好き勝手に考えるという点は共通しています。しかし、算数が苦手な子は、先生の話も好き勝手に聞いてしまう。だから、全部が好き勝手になっているので、考えに数学的な整合性がなくなってしまう。反対に、算数が得意な子は、先生の話をしっかり聞いたうえで、それを前提に自由に考えます。こういう態度はほかの教科でも必要でしょう。
○算数好きを育てる秘密のワザ
自分で考える力を持つ子どもに育てるには、言葉を覚え始めたころからの保護者の接し方が重要です。1〜3歳のお子さんをお持ちのかたは、ぜひ次の2つを実践してみてください。
その1:子どもが言ったことを「そうだね」と言って心から受け止める。
たとえ犬を見て「ニャー」と言ったからといって、それを否定してはいけません。子どもの心の中には「ニャー」で表したい何かがあるはずです。それを「そうだね」と言ってあげる。大人の都合で無視したり、事実と違うと拒否したりせずに、保護者として心から受け止めてあげましょう。自分の理解や判断に自信を持たせてあげることが大切なのです。
その2:理由とともに、要求を言うようにさせる。
たとえば、「ドーナツが食べたい」とだけ言っても、ドーナツはあげない。「どうして食べたいの」と理由を聞いて、「お腹がすいたから、食べたい」「食べたことがないから、食べたい」のような複文を言わせるように仕向けましょう。
本当は「AならばB」という文を言わせたいのですが、小さい子には「前提と結論」という構図を理解するのは難しいでしょう。なので、「理由と要求」という形に変えてそれを言う練習をさせるわけです。それが定着して「AならばB」の文が言えるようになれば、Aを聞けばBを発想する頭ができあがります。その結果、Aと言えば、自分で考えて、Bをする子になるでしょう。
学校や塾では、Aを習ってAができるようになるだけという勉強が多いように思います。Aを習ったおかげで、これまでの自分では解決できなかったBが解決できるようになれば、勉強していても楽しいでしょう。算数・数学が好きな子どもは、自分自身の頭の中でそれを実現しているのです。
○算数の面白さに出会うには
残念なことに、既に算数は嫌いだというお子さんを抱えているかたも多いでしょう。そういう場合は、学校の授業以外に目を向けてみるとよいかもしれません。算数・数学の面白さに出会う機会は意外にたくさんあるものです。
マンガ好きな子ならば、算数に関するマンガはいかがでしょうか。私は、『和算に恋した少女』というマンガの監修をしています。和算とは、江戸時代に日本独自に発達した数学のことです。江戸の町を舞台に、主人公の女の子が、数学の発想で事件を解決していきます。「和算」とうたっていますが、パズルやゲームのような数学が満載です。数学をテーマにしたミュージカルなどもありますので、興味があるかたはぜひ調べてください。また、前述した「円描き大会」などの数学イベントに参加するのもよいかもしれません。
算数・数学が好きな子どもの能力をさらに伸ばしたければ、算数・数学のコンクールに参加することをおすすめします。「算数・数学の自由研究」「数学甲子園」といった大会があります。学校という枠を越えて、自由に算数・数学の世界で遊ばせてあげましょう。
○保護者へのメッセージ
学校でよい成績を取ることも大切ですが、目先のことばかりにとらわれて、保護者や先生の言うことに素直に従って勉強する子どもにしてしまうと、自分で考える態度を失った人間になってしまう危険があります。実際、最近の大学生や大学院生の中には「新型うつ病」と診断される者が増えています。今までは言われたとおりに勉強してきたけれど、急に主体的に学ぶことを求められ、戸惑い、心を病んでしまうのかもしれません。
「自分できちんと考えられる」という自信は、数学だけでなくすべての教科において、また生きていくうえでとても重要なことです。子ども自身の考えを尊重して、自己肯定感を持った人間になるように、小さいころから温かく育ててあげてください。