[2015年1月11日]
大学入試改革について
<なぜ国は入試改革を急ぐのか>
中央教育審議会は近く、大学入学者選抜と大学教育、高校教育を一体で改革する「高大接続」について下村博文文部科学相に答申します。どうしても大学入試センター試験に代わる「大学入学希望者学力評価テスト」(仮称)など新テストの在り方に注目が集まりますが、文部科学省は新テストの創設を待たずに大学入学者選抜実施要項を改正し、随時各大学に入試改善を迫りたい考えです。なぜ国はこうも改革を急ぐのでしょうか。
答申案に付けられたスケジュール案によると、現在のところ、高校在学中に受ける「高等学校基礎学力テスト」(仮称)は2019(平成31)年度、大学入学者選抜のための学力評価テストは20(同32)年度から開始する予定です。いずれも今年度の小学6年生(2021<平成33>年度以降に大学入学)からが対象となります。いずれの新テストも年複数回の実施とし、1点刻みではなく段階別に成績を提供するとしています。これまでのように一発勝負のペーパーテストだけで合否を決めるような大学入試ができなくなるようにすることで、多面的・総合的な入学者選抜への転換を一気に図っていこうという意図が込められています。
ただ、年複数回の試験でどのようにすればレベルを一定にそろえた段階別評価ができるのか、学力評価テストで「合教科・科目型」「総合型」の問題をどう作るかなど、実現までには課題が山積みです。中教審でも問題例として全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)のB問題やPISA(経済協力開発機構<OECD>の「生徒の学習到達度調査」)、大学入試センター試験で思考力を問う問題などが紹介されましたが、「自ら課題を発見し、その解決に向けて探究し成果等を表現するための力を評価する」(答申案別添資料)ような問題とはどういうものか、しかも段階別とはいえ大学入学者選抜にも使えるよう幅広い難易度を設定することが本当にできるのか、現時点では具体的な姿がほとんど見えていません。そのため早急に専門家を集めた具体的な検討に入り、2017(平成29)年度にはプレテストの準備に入りたい考えです。
新テストは、1点刻みという客観的な結果で優劣を判定するのが公正・公平だという日本人のテスト観に転換を迫るものです。それでもなお、こうした改革を断行しようとしているのは、日本が今も生産年齢人口の急減、労働生産性の低迷、グローバル化・多極化などの厳しい環境にさらされ、「将来は職業の在り方も様変わりしている可能性が高い」中で「これまでと同じ教育を続けているだけでは、これからの時代に通用する力を子供たちに育むことはできない」(答申案)という危機感があるからです。
学習指導要領を2020(平成32)年度から順次、全面改訂する検討も先月始まりました。新たな時代を見据えた教育改革が「待ったなし」(同)であることも事実です。既に2016(平成28)年度から東京大学が「推薦入試」、京都大学が「特色入試」の実施を公表しているように、危機感を持った大学側のほうが対応が早いかもしれません。
<大学教育の改革、入試改革より早く進む?>
中央教育審議会が「高大接続改革」について下村博文文部科学相に答申しました。どうしても「入試改革」に注目が集まりがちですが、答申をよく読むと、「高校教育」と「大学教育」を変えるために「大学入学者選抜」も一体的に改革するという論理構成を採っています。そして、その大学教育は、既に変わりつつあります。
文部科学省が2013(平成25)年11月に公表した2012(平成24)年度「大学における教育内容等の改革状況」によると、「コミュニケーション能力、課題発見・解決能力、論理的思考力等の能力の育成を目的とした授業科目を開設している大学数」は全体の76%に当たる566大学で、前年度に比べ4ポイント、38大学増加しました。これに比べれば「獲得した知識などを新たな課題に適用し課題を解決する能力の調査・測定を実施している大学数」はまだ少数にとどまっているものの、前年度の83大学(全体の11%)から110大学(同15%)へと3桁に乗りました。こうした多様な授業などに対応して、学生が自主的に集まってグループワークをしたり、個人で自習したりする「ラーニング・コモンズ」と呼ばれるスペースを図書館などに整備している大学は42%(前年度比8ポイント増)に当たる321大学(同64大学増)と急速に増えています。
これは2年前の調査ですから、現在は実施大学がもっと増えているものと見られます。というのも、こうした能力の育成が新たな時代の大学の役割として、企業など社会から求められているからです。
そもそも今回の高大接続に関して中教審に諮問があったのは、ちょうど調査の対象年度だった2012(平成24)年の8月。時はまだ民主連立政権下でした。この日の中教審総会では、大学教育の「質的転換」を求める答申があり、それを受けて平野博文文科相(当時)が間髪入れず諮問を行ったのです。
中教審でこの質的転換答申を主導したのは、当時の安西祐一郎・大学分科会長でした。安西部会長はその後、諮問を受けて発足した高大接続特別部会長の部会長を兼任し、2013(平成25)年2月には中教審会長に昇任しました(高大接続特別部会長も兼任)。安西会長は元慶応義塾長(慶応大学長)であり、トップクラス大学の代表として、旧態依然とした大学教育を行っていては社会からの要請に応えられないばかりか、日本の大学が世界に肩を並べることはできないという危機感を持っていました。そうした認識は、かねて文科省も共有していたところです。
今回の答申で、1点刻みの大学入試を改めるといった大胆な提言に踏み切ったのも、大学教育を早急に転換しなければならず、そのためには高校教育も変わってもらわねばならず、高校教育が変わるのに障壁となっている大学入試も変えよう、という考えからです。答申を受けて、大学の教育もさらに「質的転換」が加速することでしょう。受験生もそうした覚悟を持って、大学を志望しなければならない時代になっています。