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きらめき進学ゼミ

[2019年12月17日]

人生、がんばるくん、ですね(^^♪

img1 冬空の火曜日。
雨がしとしと降っていましたが、夜はしっかりと雨。
のぼりを出そうかと思っていたけれど、まあ、出さなくてもよかったか。
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地元の本屋さんが普通の本の店頭販売をやめられて、ちょっと寂しくなりました。
あとは、定期購読などということで、近くに残っているのはアルセの本屋さんだけかな。
田舎の親戚も、昭和の時代の商店街で書店を営んでいましたが、後継ぎもいないし、年を取ってきたから、と店を閉じてしまいました。
グンゼの工場が出ていくと同時に、町の灯が消えたようになって、商店街の店もなくなり、銀行なども郊外の車で利用できるような大きな敷地のところへ移転。
全国でよくみられる地方都市の風景ですね。
書店がやりづらくなってきたのは、やはり、本を読まなくなってきたからですかね。
女性誌から始まった、付録が先か本紙が先か、というようなあたりから、書店不振は深刻化してきたのでしょう。
アマゾンで頼んだらいい、という書店を経由しない本の購入ラインまで出てきた、電子書籍もある、もう、昔ながらのやり方で、というのには先が見通せない…、時代に翻弄されて…、寂しいことです。
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午後の早い時間に出版社の人と話など。
話をしていたら、その営業の人とは親子ほどの年の差でしたね。
この先、塾教材、塾業界はどうなるのですか、と質問されて…。
なるようになる、ということをどこかで聞いた、と言われて…。
この、なるようになる、というのは便利なフレーズですが、ホモサピエンスが生きながらえてきた生き様と同じなのだろうと思います。
農業革命、産業革命、そして、進行中の革命。
つまりは、ちゃんとやるべきことをやるべき時にしてきた物、者が、なるようになってきたのでは、と返答しましたけど。
何もせずにボーっと時の流れのままに流されていて、なるようになるというのは、生き続けていく道で立ち止まって、漂流しているようなものでしょうか。
塾、というのは普通名詞ですから、塾に行っている、といっても、固有名詞としてのなんとか塾で何を勉強しているかなど、個々のケースで全くの別物です。
隣の塾でたまたま同じ塾教材を使っていたとしても、どのように使っているかでまったく違うことになるわけで、教材ひとつを売るとしても、はい、これを売ったらハイ終わり、という時代ではないでしょうね。
新商品についての感想を聞かれましたけど、他の出版社に類似のものがあって、いざ、どう売るのよ、という話で、多分、販売の名案を伝えられたと思いますよ(^^♪
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