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三田学院

[2020年5月19日]

【都立中】新たな日常へ

周回遅れの9月入学論議が続く中、新たな日常に対応するオンライン授業などの教育改革や、新たな日常に対処する入試要項の緊急導入の試みなどが、急ピッチで進んでいる。

国立大学協会の永田恭介会長(筑波大学長)は、5月18日、新型コロナによる学校臨時休校長期化に対応し、AO入試(総合型選抜)と推薦入試(学校推薦型選抜)の、実施時期の繰り下げを検討していると発表した。導入されれば、私立大学などもこれに続くだろう。

入学時期は明示していないが、検討されているのは、4月入学を前提とした、入試実施時期の僅かな後ろ倒しであるため、実施的な9月入学否定論とも解釈できる。

東京工業大学の益一哉学長は、時を同じくして、来年度に限るなら、6月入学での対応も可能で、早急な9月入学移行論に慎重な姿勢を示した。

知の最高学府である大学の判断は堅実である。そこに政治的なパフォーマンスや、商業的な利益誘導は、みじんも感じられない。

おなじく5月18日、文部科学省は、9月入学への移行の仕方について、3つの案を示した。いずれも、入学時期を5ヶ月遅らせて「海外より1年遅れの9月入学」にする案だ。ただし課題が山積だとして、今年度の導入は見送るとした。

この3案には、実は、最も重要な選択肢が含まれていない。「7ヶ月前倒しの9月入学」にする案だ。海外の主要国に合わせて9月入学とするなら、「7ヶ月前倒しの9月入学」こそが、推進すべき「9月入学」である。

文部科学省の優秀な官僚たちが、そのことに気がついていないはずはない。あえて選択肢から外し、パフォーマーたちに主導権を取られた形での、不本意な「周回遅れの9月入学」論が、誤って盛り上がらないように画策した、のではないだろうか。

これも上級官僚ならではの賢いやり方だ。批判を回避しながら、ムダな予算を使わず、大火災の火元にならないようにし、巡り巡って責任を押しつけられずに済む、という目的を達成できる。

つまり、文部科学省の実務家らは、「周回遅れの9月入学」なら、「9月入学」は導入したくないのだ。「入学時期を前倒ししての9月入学」でなければ、さしたるメリットがないことを、よく理解しているからだ。しかも、「周回遅れ」を稚拙に急げば、デメリットばかりが大きくなり、社会全体に甚大な被害が広がることも見通しているのだ。

周回遅れの9月入学にして、海外からの留学生が増えなかったら誰が責任を取るのか。
周回遅れの9月入学にして、海外への留学生が増えなかったら誰が責任を取るのか。
長期的な視点から、「周回遅れの9月入学」に、いったいどんなメリットがあるのだろうか。

海外からの留学生が日本を選ぶ最大の理由は、地の利だ。その証拠に、アジア各国からの留学生が今でも大多数を占める。

海外への留学が盛り上がらないのは、留学費用が高額になるのが最大の要因だ。その証拠に、バブル景気が崩壊した後に、一時的に海外への留学生数が激減している。

膨大な費用を費やして、「周回遅れの9月入学」を導入するくらいなら、もっと現実的な留学生の受入体制の整備や、もっと効果のある海外への留学支援制度の整備を進めた方が、実効性が高く、国や民間が負担することになる費用の乗数的な効果も高く期待できる。

高校3年生の大学受験への配慮なら、筑波大学長や東京工業大学長が示したような案で、十分に対応できる。

大混乱や、巨額の損失を生むことなく、後世に禍根を残すこともない。

新型コロナ感染症の拡大で、ヒステリックになって、誤った道を進んではいけない。

どんなに追い詰められても、理性を失ってはいけない。

後世まで語り継がれるであろう、歴史上の大失敗は、けっして、繰り返してはならない。

常に冷静に考えることを心掛けて、常に最善の道を選択するべきだ。

新たな日常に対応できる教育施策は、「周回遅れの9月入学」ではない。

世界に負けない教育が、「周回遅れの9月入学」で実現できるなどと思うようでは、考えが浅い。

新型感染症拡大や、巨大地震や、巨大台風などの大規模災害などが起こるたびに、入学時期や新学期を遅らせていたら、子や孫の時代には、成人してから義務教育が始まるようなことになりかねない。

それを、学びの保障と、呼ぶのか。

臨時休校が長期化する中、都立中はオンライン授業やリモート授業の整備を粛々と進め、軌道に乗せた。

新たな日常を乗り越えて行くために取り組むべきことは、大風呂敷を広げることなどではなく、諦めずに知恵を絞って確実に前に進む努力だ。

これこそが、学びの保障では、ないのか。