[2020年8月31日]
よく知られた会場模擬試験の偏差値表を見て、不思議に思った人がいたら、なかなかセンスがよいかもしれない。
四谷大塚、日能研、しゅともし(学力試験)の、それぞれの偏差値表内で、私立中学と都立中学の学校別偏差値(合格可能性偏差値)の相対的な差が大きく違う。
ここで注目するのは、模擬試験間の偏差値の違いではなく、模擬試験内の偏差値の違いなので、お間違えのないようにお願いしたい。
四谷大塚と日能研の偏差値表では、都立中は相対的に高く位置づけられていて、しゅともしでは相対的に低く位置づけられていることがご確認いただけると思う。
大きな違いは、四谷大塚や日能研の模擬試験を受ける層は難関私立中学を目指す受験生が多く、しゅともしを受ける層は中堅私立中学を目指す受験生が多いことだ。
このため、四谷大塚や日能研と比べ、しゅともしの問題難易度は低い。低いとは言っても何も受験勉強をしていない人には難しいことには変わりない。
ここからどんな仮説が浮かび上がるだろうか。
1つ、四谷大塚や日能研などから、難関私立中学を目指している人の都立中合格率が、相対的に、有意に低い。
1つ、中堅塾や中小塾から、中堅私立中学を目指している人の都立中合格率が、四谷大塚や日能研と比べて、有意に高い。
どうしてこうしたことが起るのであろうか。
1つ、四谷大塚や日能研などから、難関私立中学を目指している受験生は、私立型の入試問題はよく訓練されているが、都立中型の適性検査や思考力型の入試問題への対応力が、十分に訓練されていない。
1つ、中堅塾や中小塾から、中堅私立中学を目指している受験生は、私立型の入試問題への対応力をよく訓練されていない受験生が多く含まれていて、学力試験型の模擬試験で高偏差値を獲得できない傾向があるが、そうした全ての受験生が基盤となる学力が低い訳ではなく、都立中型の適性検査や思考力型の入試問題への対応力では、相対的に高くなる。
平たく言うと、私立中学受験専門大手塾で難関私立中学への受験準備をしてきた受験生は、適性検査型への対応力が十分に備わっておらず、持ち偏差値が高くても都立中への合格力は高くない一方で、中堅塾や中小塾で中堅私立中学への受験準備をしてきた受験生は、難関私立中への対応力は高くなくなくても、都立中への合格力を高めることは可能だということだ。
都立中や公立中高一貫校を目指すのであれば、私立中学受験専門大手塾で受検準備をするのは効果や効率が芳しくないのはもちろんだが、都立中専門大手塾で都立中や公立中高一貫校の受検準備をすることも効果や効率が芳しくないのである。
私立中学受験専門大手塾は、難関私立中学への合格者数を伸ばし維持できなければ死活問題となるため、都立中や公立中高一貫校に不合格になっても難関私立中学に合格してくれる方がありがたい。難関私立中学への合格指導を最適化するがために、中堅以下の私立中学への合格指導や、都立中や公立中高一貫校への合格指導には、力を入れられず、中堅以下の私立中学を目指す受験生親子や、都立中や公立中高一貫校への合格を目指す受検生親子とは、利益相反となる。
都立中専門大手塾や中小都立中専門塾は、そもそも難関私立中学への合格指導に課題を抱えている塾が多く、それを覆い隠すために、都立中や公立中高一貫校の受検指導へと舵を切ったところがほとんどで、おもな目的は将来の高校受験生の早期囲い込みである。多くの受検生が高校受験に残ってくれることが自己の利益となるため、都立中や公立中高一貫校の合格率は低くてもかまわないどころか、難関私立中学に合格されて高校受験をしてくれなくなっては困る。都立中や公立中高一貫校への合格率が低いことと、難関私立中学や魅力的な中堅私立中学には合格できないことが、自己の利益を最大化させることになるため、都立中や公立中高一貫校が第一志望の受検生親子とは利益相反となる。
ところで、一般的な分類における中堅の私立中学とは、具体的にはどのような学校だろうか。
しゅともしで都立中学と難易度で競合するような私立中学を探してみるのがよいと思う。しゅともし偏差値で63〜70くらいの私立中学が相当する。
ご参考までに、当塾のコース分けでは、一般的な分け方とは違い、しゅともしの偏差値で、57以上を準難関、63以上を難関、68以上を最難関とし、56以下を中堅としている。いずれも、小学生にとって、合格するのは難関だから、そう分類している。しかし、誤解が生じないように、ここでは世間一般の分け方に従うことにする。
男子:本郷、芝、巣鴨、世田谷、攻玉社、高輪など
女子:鴎友、頌栄、共立女子、普連土、品川女子など
本郷と小石川をともに併願合格した者は、かなりの人数にのぼる。小石川の女子合格者に、鴎友や頌栄の併願合格者が増加傾向にある。もちろん、小石川のみ、私立御三家や私立最難関との併願合格者が突出して多い。小石川でなければ、高輪や品川女子などへの合格力で十分に闘える。むしろ、都立中専門塾の指導では、高輪や品川女子への合格は厳しいだろうから、都立に残念になった場合の選択肢が著しく淋しくなる。
これらの私立中学に合格できるような受験生は、都立中学合格の観点からは、すでに十分な学力的素地を備えていると言える。しかも、しゅともし偏差値で70を超えるような難関校への受験準備と違い、毎日長時間難関校向けの受験準備に追われることはなく、時間的にもスケジュール的にも、都立中対策を組み込む余裕を創り出しやすい。
もちろん、都立中学を単願で狙うのであれば、もう少し学力水準が低くても、適性検査型に集中して受験準備をすることで、合格を勝ち取ることはできなくはない。ただし、学力水準が下がれば下がるほど、都立中への合格率は顕著に低下していくことからも、目を背けてはならないだろう。
むしろ、都立中の適性検査対策だけに取り組むと、中堅の私立中学への合格力は格段に淋しくなるばかりか、都立中学への合格力そのものを伸ばしきれなくなる怖れが高い。
加えて、都立中の適性検査対策だけに取り組むと、都立中に残念になった時に、十分な中学入試の戦績がないままに、自己肯定感を著しく損ねる形で、地元公立中学か、中堅未満の私立中学へ進学することになってしまう。大手塾の適性検査対策だけでは、中学入学後の学力的な貯金は期待できないため、都立中に入学して大学受験を目指すにしても、地元公立中学から高校受験を目指すにしても、アドバンテージがないどころか、ディス・アドバンテージを抱えてのスタートとなる。
さらに注意しておくべきことは、適性検査型の対策ばかりして合格した受検生は、都立中入学後の学内成績が芳しくない傾向が見られることだ。
都立中は進学校である。大学受験では、難関私立中高一貫校や都立高校進学校と競い合うことになる。必然的に、都立中での学習指導は、難関私立中高一貫校や都立高校進学校と、大差が無くなる。基盤となる学力が入学時点で備わっていないと、入学後に苦戦しかねない。何のために都立中学に入学したのかが怪しくなるばかりか、都立中のメリットを十分に満喫できない恐れさえでてくる。
都立中での有意義な6年間を期待するのなら、そこで活躍できる素地を、しかり身につけて入学すべきであろう。その意味でも、小学生のうちに、確かな学力を培っておく意義は大きい。ただ適性検査を突破できればよいとか、ただ合格できればよいとか、という考え方はお勧めしない。
大手都立中受検専門塾は、小3や小4の激安に誘惑される保護者が多いようだが、小6でその分をしっかり回収されてしまうので、結果として総費用が高額になり、大手私立中学受験塾とトータルでは大差がない。都立中に合格できればまだしも、残念になった時の費用対効果は大手私立中学受験塾と比べてもむしろ著しく悪い。都立中に通う塾生がそろって指摘するところによれば、大手都立中受検専門塾出身のクラスメートの入学後の成績推移が顕著に芳しくないらしい。
大手私立中受検専門塾は総費用が高額なのは承知済みだとしても、都立中が第一志望の受検生にとって、合格可能性を引き上げるためには、難関私立中学を目指す場合と比較して、私立中学受験指導の枠組みの中で過度に学力を引き上げざるを得ず、著しく効率が悪い。
四谷大塚、日能研、しゅともし(学力試験)の、それぞれの偏差値表の内における、私立中学と都立中学の相対的な難易度ランキングは、こうしたことを浮き彫りにしてくれていると思う。
名目の倍率が6倍で、6人に5人が不合格になる都立中入試に、どう立ち向かうべきなのか。
不合格になる可能性があることも適切に考慮した上で、どう立ち向かうのが最適な戦略なのだろうか。
これらを十分に検討しないままで、受検対策に突入して行く親子が、いまだに多いように思う。
情報の非対称性と、認知バイアスが、最大の要因だろうと思う。
大手の宣伝力の餌食になる人が、いまだに多い証であろう。