[2020年9月12日]
ネット上には誤謬に満ちた記事が溢れている。
「整数1、2、3、4、5は、いずれも、整数120の約数である。よって、すべての整数は120の約数である。」
十分な事例の検証がなされないまま、一般化を試みて、誤謬に陥っている。
反証) 整数7は、整数120の約数ではない。
適切な標本数を確保しないままで、都合のよい事象が起ったり、都合の良い事象がいくつか続いて起こったりしたことで、早まって結論を導こうとするバイアスが働いて、誤謬に陥ってしまったのであろう。
極端な例を示す。
「酒を毎日浴びるように飲み続け、体操やストレッチはまったくせず、90歳まで大きな病気をすることもなく、天寿を全うした人がいる。」
これを聞いて、毎日酒を浴びるように飲み続けることが、健康の秘訣だと思う人はほとんどいないだろう。また、毎日酒を浴びるように飲み続けても、必ず健康でいられると思う人も少ないだろう。
「塾には一切通わず、模擬試験は一切受けず、入試直前になって受けることを決め、志望校入学への熱意だけで、みごと合格した人がいる。」
おなじように行動すれば、まちがいなく合格できると、言えるだろうか。
「ワタシの子は、塾には一切通わず、模擬試験は一切受けず、入試直前になって受けることを決め、志望校入学への熱意だけで、みごとに合格した。」
おなじように行動すれば、まちがいなく合格できると、誰もが思うだろうか。
このように発言する人は、いったい何を企んでいるのであろうか。
発言するからには、何らかの動機が、あったはずだ。
自慢か、自己満足か、自己欺瞞か、攪乱か、
あるいは、何かを企んだのではなく、単なる気まぐれや怠慢か。
思考的怠慢
何を言うのも、勝手ではある。
しかし、誤謬は、知性や理性や感情に弱さのある人に、伝播していってしまう。
発言の責任は重いのではないだろうか。
日々の暮らしの中で、誤謬を起こさないために、誤謬に陥らないために、誤謬に巻き込まれないために、そして他人を誤謬に巻き込まないためにも、適切に科学を学び、身につける必要性があるのだと思う。