[2020年12月21日]
都立中の宿題の多さを入学前から心配されている方がいらっしゃるようだが、宿題の量は、同入学難易度の私立中高一貫校と、ほぼ同じ量だから、心配する必要はない。
少なすぎず、多すぎない。
むしろ、地元公立中学の宿題や課題のように、簡単すぎる内容を大量にこなさなければならないことに比べれば、ありがたいと思った方がよかろう。
簡単な漢字や易しい英単語を機械的に練習させられたり、一二回解けばマスターできるような計算問題をひたすらやらされたり、エアーで解けるような平易な基本問題を延々書かされたりするよりも、断然よい。
学力優秀な生徒が、こんなことを毎日やらされたら、学校に行くのが嫌になってしまうだろう。
都立中では、良心的な難易度のものが、良心的な量で課されると、理解してよい。
宿題や課題の難易度も、おなじような入学難易度の私立中と、ほぼおなじだ。
要領の良い生徒なら、普段は1日1時間程度あれば終わると思う。テスト前であっても1日3時間以上かかることはないだろう。
ここで思い違いしないで欲しいのは、1日3時間程度の勉強では十分ではないということだ。1日3時間は最低限の勉強時間だと心得た方がよい。つまり、宿題や課題の他にも取り組まないと、足らないということだ。
高校受験で難関都立高校を目指す中学生は、3学年を平均すれば、平日に4時間程度の勉強をこなす。中3では平日は5時間以上になる。
以前この日記に書いたが、都立戸山高校の高2に独自ヒアリングを実施したことがある。夏前頃だったと思う。平日の勉強時間は平均すると6時間から6時間30分の間だった。
高校時代のクラスメートで宿題仲間だった「四人組」のうち二人が東大に進んだが、社会人になってから「四人組同窓会」で聞いたら、この二人とも毎日少なくとも1日7時間は勉強していたそうだ。
難関大学を目指す高校生の、平日の1日の勉強時間の目安は、高校3年間を平均すると、次のような感じになるだろう。
1日7時間以上:東大、京大、国公立大学医学部医学科
1日6時間以上:難関国公立大学、最難関私立大学
1日5時間以上:中堅国公立大学、難関私立大学
都立中の宿題の量に驚いているようでは、都立中に進んだ当初の目標を達成することは難しくなると思った方がよい。
心配しなくてもよい。私立中学進学校に進んだとしても、公立中学から難関高校を目指したとしても、都立中の宿題にかかる時間以上に勉強しなくてはならない。
それに比べれば、まだ楽な方だと思った方がよい。
高校課程というか後期課程になると、さらに難易度が上昇するので、中学課程での取り組みが甘いと、負担を過度だと感じる生徒もでてこよう。
それでも、3年制の進学校(都立高校進学校など)に比べれば、6年間という期間を使えるので、負担の集中度が緩和されるため、いくらかは楽なはずだ。
宿題の量を負担に感じるかどうかは、初期段階で心構えと姿勢ができているかどうかにに依存するところが大きいように思う。初期段階とは、「入学が決まってから入学後の学習が軌道にのるまで」の期間のことだ。
この時期までに、計画的に毎日の学習を行えるようになっていれば、都立中の宿題や予習復習やテスト対策学習は、大きな負担に感じることはないだろう。
多くは受検勉強を通じて、意図せずに学習姿勢が学習習慣が構築できているから、スムーズに都立中の勉強に入っていけるはずだ。
そもそも、適性検査は、そうした人を選抜する目的で行われている。しかし、そうでない人が紛れ込む余地がない訳ではなく、そうした人は入学が決まった時点で、心を入れ替えて、短期間で都立中の学習に適応できるようにする必要があろう。
もちろん、入学時点で学習姿勢や学習習慣がついていても、その後の諸条件から、うまく日々の学習が回らなくなってしまう生徒もいないわけではない。
部活にのめり込みすぎる
趣味にのめり込みすぎる
通学が負担になりすぎる
などである。
都立戸山高校でも、通学時間が1時間程度以上かかる生徒は多い。それでも毎日6時間以上勉強する。どうやって勉強時間を確保しているかは、過去の日記で詳述したので、ご参考にしていただきたい。強い意志と覚悟と目標意識があれば、いくらでも工夫の余地があることを戸山生は教えてくれている。
まあ、一般的な傾向として、気合の入れ方というか、気合の入り方には違いがあるが、より明確な将来の目標がある人は強い傾向にある。
まだ目標が明確でない人なら、新たな発見や新たな喜びに出会えることが、勉強の動機になってもかまわないと思う。
一番簡単なのは、習慣化することだ。
毎朝のジョギングが日課の人は、寒い日でも、暑い日でも、ジョギングすることが苦にならないそうだ。健康なからだの快適さを実感しているからだろうか。
毎日の勉強習慣ができれば、疲れていても、他で忙しくても、勉強することが苦にならないだろう。授業が十分に理解できることや、テストで苦しまないことの快適さを、実感しているからかもしれない。