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三田学院

[2022年3月3日]

【カントリーリスク】

平常時においては、債務不履行のリスクとして、投資や貿易などを行う上で、財務的なリスクが評価されることが多かったと思うが、本来的には安全保障的なリスクも評価対象となる。

今回の東欧における地政学的な事案の発生により、この安全保障的なリスクを強く認識すべきだということを改めて痛感させられたと思う。

ウクライナで起きていることは遠くの出来事ではないよと話しても、小学生や中学生が理解するのは容易ではないことは承知している。ロシアがウクライナに侵攻した直後に、ロシアは日本の隣の国だよと説明しても、実感がわかない生徒も多いようだった。

そこで、北海道の根室漁港などを拠点している漁船が、過去に何度もロシアに拿捕されたことがあることを伝えてみても、なんで遠くの国が日本の漁船を捕まえるのであろうかと感じてしまうようである。

日本とロシアは、海を挟みながらも、国境を接しているのである。

すぐそばに、ロシアの軍事基地があるのだ。

昨日、ロシア空軍の回転翼軍用機が、北海道根室港沖で、日本の領空を侵犯したというニュースが流れた。日本の経済制裁に対する対抗措置と思われるが、平和に慣れ親しんでいる小中学生には、その緊迫度は理解しがたいであろう。

核兵器の使用をちらつかせて威嚇するロシアの動きに、核兵器シェアリングの議論をすべきだと主張する国内大物政治家のニュースが流れたが、安易な導入は軍事的なリスクを拡張するだけになりかねないことを、十分に吟味した上で議論すべきであろう。

地政学的な安全を高めようと意図して、かえって危険を高めたのでは、本末転倒である。

ウクライナの市民(非戦闘員)らが、東西冷戦時代の遺産である地下シェルター(核戦争などの大規模戦闘に備えた防空壕)に逃げ込んでいる映像報道を何度も観たが、リスクを高めずに安全を高めるという観点からは、この地下シェルターが最も有効ではないかと考える。

容積率の規制緩和で、高層ビルや高層マンションが多く建設されるようになったが、これらは軍事的な標的となりやすい。東京タワーや東京スカイツリーなどの電波塔も同じであろう。事実、ウクライナでも、高層マンションやテレビ放送向けの高層電波塔が、ミサイル攻撃などの標的となっている。

地下室の規制緩和で、地上1階の面積相当以内の地下室が容積率の計算の対象外となって久しいが、一般住宅では、地下室建設は進んでいるようには見えないし、地下室を設けるにしても、寝室や防音室などの一般的な使途に限られていることが多いように思う。

太平洋戦争当時、日本の都市部でも、地下防空壕の建設は広く行われたという事実がある。多くは空襲警報時に一時的に逃げ込むだけの使用にしか耐えられない粗末なものだったようだが、東京大空襲時にこの防空壕に逃げ込んだ人たちが生き延びたという歴史的事実は実に示唆に富んでいる。

地上の容積率緩和もいいのだか、地価の容積率緩和も、もっと積極的に進めてはどうだろうか。

東西冷戦時に、地下核シェルターの設置を法令で義務づけていたスイスでは、今でも国民のほぼ100%が、有事には地下シェルターの中で2ヶ月間程度安全を確保することができる。マンションなどの住宅だけでなく、商業ビルにも、地下核シェルターが設置されている。

以前、ジュネーブに住んでいた頃、地下1階と地下2階は住民の地下駐車場で、地下3階が核シェルターであった。広島や長崎に投下された核爆弾の何十倍だか何百倍かは忘れたが、近くに投下され爆発しても大丈夫なように計画された堅牢な造りであった。

住民は住居ごとにシェルター内の区画が割り振られ(木製の檻のようになっていて、そのままでは区画相互にプライバシーはないが、布をかければ視線は遮れる)、2ヶ月分以上の食料備蓄が義務付けられていた。

スイス人にとって、その国土条件から、保存食料の開発や生産は得意技である。チーズやチョコレートやハム・ソーセージ・テリーヌは名産だし、レマン湖段丘などで採れるブドウを原料としたスイス・ワインも保存飲料になる。アルプスの雪解け水は不純物が少ないので、そのままでもしばらくは痛まない。パンやパスタは小麦粉(ウクライナ産?、ロシア産?)を備蓄しておけばシェルター内でも作れる。野菜は蛍光灯などの光があれば水耕栽培できる。

もちろん、スキー道具などの保管庫として使用している住民もいたが、いざとなれば、そこに家族が寝泊まりできるように、荷物を急いで移動すればよい。トイレや洗面などは共同の設備として設置され、平時でも利用できるようになっていた。

この他に、都市部の公共地下駐車場に付随する施設として、公共の地下シェルターも設置されていた。スイスでレンタカーを借りて旅行などをすれば、確認できるであろう。

日本でも、今回の危機を教訓にして、地下防空壕設置を促進するような規制緩和をしてはどうだろうか。

核兵器シェアリングを検討するよりも、平和の実現に役に立つように思う。

地下に隠れるのは、日本人の得意技だったはずだから。

命中率(合格率?)が低いのに超高額な、迎撃ミサイルの配備などに命を懸けるよりも、結果的に低予算で、より確実に、安全安心が確保できるのではないだろうか。