[2022年8月7日]
今春の共通テストの数学は、新しい学習指導要領をフライング的に先取した出題内容だった。
「読解力型数学」というような新たな言葉が生まれたくらい、従来(センター試験)とは趣が違っていたので、表面的な受験対策しかしていなかった受験生の中には、撃沈に近い大敗北を喫した受験生が多かったようである。
数学1Aだけでなく、数学2Bも、歴史的な「低平均点」となった。
しかし上位層は、例年通りに得点できていたというオマケまでついて、大混乱の様相となった。
どの難易度の大学を目指していたかにより、特にどの難易度の国立大学を目指していたかにより、若干対応策は違ってくる。
しかし、総じて、数学の低得点が、平均点の下落幅に収まるのであれば、受験校は当初の出願予定だった国立大学に出願して、大丈夫だったであろう。
旧帝国大学やこれに準ずる国立大学は、一次の共通テストよりも、二次の個別試験の方が配点が格段に高い。二次の個別試験で得点できる自信があるのなら、一次の数学で思うように取れなくても十分に挽回できる。
東京大学の一次と二次の配点比率は1:4である。圧倒的に二次の比重が高い。筑波大学は学類にもよるが、概ね1:2である。いずれも二次が勝負を握っている。
中堅以下の国立大学では、一次の共通テストの配点が高い大学が多い。ここは明暗が分かれる。二次の個別試験では挽回できない可能性があるからだ。
多くの中堅以下の国立大学の、一次と二次の比率は、概ね2:1である。ほぼ一次で勝負が決まる。
しかし、中堅以下では、多くのライバルたちも数学の低得点で痛んでいるはずだから、条件は例年と大差はない。
一次と二次の合計得点が、前年よりも数学の平均点が下がった分だけ下がりそうなだけだったなら、十分に勝負ができた可能性がある。
ここで判断を分けるのが、受験生にとって、二次試験科目が、どの程度の得意科目であるかという点であろう。この点において、一次で高得点を取って逃げ切ろうとしていた受験生は、厳しい判断が必要になる。しかし、二次に自信があるのなら、何も心配する必要はなかったであろう。
わかりやすく総論を述べれば、数学の低平均点問題は、それと同じ幅の失敗であれば、志望校を変更する必要はほぼなかったということである。
ただし、一次で逃げ切る予定の受験生のうち、二次に大きな不安がある受験生は、志望校を変更する方が賢明であった。そこは仕方ない。
数学は、社会や理科と違ってほとんどの受験生にとって、選択科目ではなく必須科目だから、選択による有利不利はない。数学で失敗した受験生は多くいたのだから、多くの受験生にとって条件は同じであったはずだ。
おなじレベルの受験生なら、同じ程度に痛んだ可能性が高い。よって、この点では勝負は分かれない。
さて、気をつけるべきは、次年度の受験生である。
おそらく来年は、低平均問題は、解消もしくは緩和する。
低かった今春のデータで志望校を決めると、合格に届かないリスクが高くなる。
しかも、「読解力型数学」への対策も進むだろうから、次の共通テストで、またもや数学の低得点をやらかしてしまうと、非常に厳しくなる可能性が高い。
日本の数学教育は、今、大転換期を迎えている。
解法暗記に頼った数学(受験数学)の学び方は、もはや通用しなくなった。
実社会では数学をどう使えばよいのか、数学は実社会の課題解決にどう生かせるのか、その視点が欠落したまま数学を学んでも、少なくとも共通テストでは高得点を獲得するのは難しくなった。
それ以上に、役に立たない数学の学び方をしていては、社会に出てから数学を活かせない。
そのことを肝に銘じておくべきだろう。
先週、小学生に変速機付きの自転車の問題を出したが、これは円の公式で解ける。つまり算数で解ける。高校生なら、数学だけでも理解できるはずだし、数学と物理を組み合わせればもっと深く理解できるはずだ。
ところが、多くの小学生の塾生は、目を丸くしながらこの問題に取り組んだ。小学校算数の授業では問われないような問題だったからである。もちろん理科の輪軸問題としても解けるから、理科として解いてもいいよと、ヒントは与えた。ただし根本的には算数や数学として解けるので、それで説明できればよい。
最後のオチとして、今春に都立中に合格した中1が、スッキリ解答を披露してくれた。都立中を目指す受検生は、先輩の後姿をよく見ておくべきだ。
純粋エンジンだけで走る自動車の変速機(多段変速機でもCVTでもよい)でも同じことが起きる。時速50kmで走り続けていても、時速80kmで走り続けていても、エンジン回転数がほぼ同じになるのはなぜかを考えれば、スッキリ分かるはずだ。
実は、この共通テストの数学低平均問題の根本的な課題は、実用的な算数や数学を教えられる算数教師や数学教師が、現時点において、根本的に不足していることだと思う。
文部科学省と大学入試センターは、この数学教師の問題を解決しないまま、新しい数学への移行に伴う苦しみのすべてを、受験生だけに押しつけるべきではないと思う。
今のままでは、多くの受験生の直感的な不満は解消されないだろうし、日本の算数教育や数学教育が、将来的に廃れてしまうリスクがあるからだ。