[2022年9月16日]
都立中はもちろんだが、全国のほとんどの公立中高一貫校は、適性検査において適性作文を課す。
適性検査における作文を、常々「適性作文」と呼ぶのは、「作文」とは似て非なるものだからだ。
適性作文の指導の最初の段階で、受検生本人はもちろん、保護者にも、その旨をしつこく何度も説明しているが、必ずしも全員に正しく理解してもらえないことがあることは残念である。
適性作文指導においては、都立中の受検を希望する受検生の場合、都立中の適性検査本番を想定した採点基準で添削指導を行う。この旨は事前に丁寧に説明を行っているが、これも正確には理解していただけない親子が、少なからずいるのも実情だ。
ほとんどは、受検の数ヶ月前には正確に理解してもらえるが、ごく一部に、最後まで理解していただけない親子が、いない訳ではない。
何度書き直しても合格点に達しない受検生が、突如、一連の作文とは趣が違う答案を提出してきたことがあった。最後まで読み切らない内に、保護者が考えた答案を受検生が書き写してきたものだということが見て取れた。
残念ながら、保護者が実質的に書いた適性作文も、不合格点しか付与できなかった。
案の定、この答案返却後に、保護者は大きなショックを受けたようだった。
これは、受検生が後日、「母は小学生の頃、作文を書けばいつも表彰されていたのに、適性検査作文の評価は厳しいのね」と、深く落ち込んでいたと、正直に吐露してくれたから発覚した。
これとは別に、書き直し指導で何度もアドバイスしていたのに、アドバイスには従わずに書き直してくる受検生がいた。
自宅で取り組む際に、私の指導やアドバイスは無視して、保護者が自分の方針や信念で、書く内容を指示していたようだった。
保護者や家族や友人などから、お題に関して意見を聞くことを妨げてはいない。むしろ、いろいろな意見を聞いて、自分の考えを深めなさいと指導している。
加えて、夕食など家族が集まる際に、適性作文のお題に対して、家族みんなで意見交換したり、質疑応答の機会を持ってくださいと、保護者にお願いをしている。
どうも、この趣旨が誤って受け取られたようだった。
入試本番では、保護者が席の横について、どのように書きなさいと指示を出せる訳ではない。受検生本人が考えつくように訓練しなければならない。
ところが、
なかなか書けないことに業を煮やしたのか、しばしば提出答案の中身に口を挟み、それどころか、書く内容まで強制する保護者が、ごくわずかだが、存在する。
これでは、親による支援どころか、親による妨害にしかなっていない。
これには続きがあって、保護者の介入が強い答案から浮かび上がってきたことは、論理的で客観的でないばかりでなく、倫理上や教育上の観点から、そのまま他人が聞けば、炎上しそうな考えや考え方を、意図したか意図しなかったかはわからないが、わが子に押しつけていた実態である。
どんな内容だったかは詳しくは書けないが、誰が読んでも教育上適切とは思われない内容であった。
客観的で論理的でなければ適性作文にはならないが(お題にもよる)、客観的で論理的であればそれだけでよいというものでもない。
倫理上や教育上の観点から不適切な内容は、適性作文としては好ましくない。
なぜなら、公立中高一貫校は公立の教育機関であるからだ。しかも、育成目標は将来におけるリーダーであるからだ。
リーダーは、メンバーから、信頼され尊敬されなければ務まらない。
そして、リーダーは、社会の発展や社会の利益や社会の幸福に寄与できる人材であることが望まれる。
自分さえ良ければ他人はどうなってもいいというリーダーには、メンバーはついて行けない。
時には、自己の利益に反することであっても、メンバーのためを考えて、意思決定ができ、行動できなければならない。
蜘蛛の糸
この文学作品を学ぶことは、単なる国語を学ぶことに留まらない。
受検生は、意見形成したり、理由を説明したり、根拠を述べたり、全体をまとめる際に、「蜘蛛の糸」を思い出すのがよいだろう。
それ以前に、親や家族は、意見を紹介したりアドバイスしたりする際に、「蜘蛛の糸」を意識していただくのがよいだろう。
適性作文は、ご家庭の教育方針が透けて見えてしまうことがあるので、注意された方がよい。
かなり偏った教育方針で、子を公立中高一貫校に合格させようとしているのなら、「適性作文」がその前に立ちはだかることを、知っておくべきだろう。
さらに、面接のある公立中高一貫校の場合は、「適性作文」に加えて「面接」が、立ちはだかることを忘れてはならない。
適性作文で合格点を目指すなら、将来のリーダーとしてふさわしい内容で、原稿用紙を埋め尽くすべきだ。