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三田学院

[2022年9月28日]

【都立中】大転換期を迎える日本の教育

文部科学省が、全国の国立大学に、総合型選抜や推薦型選抜による入学者の比率を引き上げるように通知してから、すでに長い年月が過ぎたが、これから大学受験を迎える子をもつ保護者に広く知れ渡っているとは言い難い。

国公立大学の総合型や推薦型選抜による入学者は、すでに5年連続で20%を超えていて、さらに増える傾向にある。文部科学省は30%まで引き上げるように通知しているので、早晩30%に近づくことであろう。

こうした国公立大学の傾向に先行して、私立大学は総合型や推薦型の比率をさらに高めてきた。

早稲田や慶應は約50%、上智は約70%が、総合型や推薦型による入学者である。

国公立大学と早稲田などは、総合型であっても学力試験を課しているが、多くの私立大学は難関大学であっても学力試験を課さない大学がほとんどである。

総合型や推薦型が実質100%になっている私立大学も多い。

これは、純粋な学力試験で大学に入学する者が、大学受験生の3分の1程度にまで下がっていることを意味する。

総合型や推薦型で合格できなかった受験生が、しかたなく一般選抜を受験するケースも増えているので、純粋に一般選抜だけで勝負する受験生は、学力最上位層か学力最下位層などの20%程度になっている可能性さえある。

かつては三大予備校の一角と称された「代々木ゼミナール」が大多数の教室を閉鎖したニュースは記憶に鮮明であろう。

最近になって、おなじく三大予備校と称された「駿台予備校」が、大幅な教室閉鎖に動き出している。

かつての三大予備校で残るのは、実質「河合塾」だけとなる。

一方で、興隆を始めているのが、「推薦塾」などと呼ばれる、総合型や推薦型の指導を専門に行う大学受験予備校である。

一般受験指導は行わないか、提携予備校の授業を引っ張るかが、基本的なビジネス・モデルとなっている。

かつては英語専門学校だった予備校や、細々と大学入試の個別試験対策を専門に行っていた予備校や、大手予備校より早く経営が厳しくなって早々に総合型・推薦型専門に転換した中小予備校などである。

ただ、国公立や一部の難関私立大学を除けば、総合型・推薦型の受験対策は、「推薦塾」に通わなくてもできなくはないから、こうした「推薦塾」が、大学受験指導の表舞台で目立たたないだけである。

気をつけなければならないのは、ほとんどの高校は、総合型や推薦型指導にまだまだ消極的であるばかりか、ノウハウさえ持ち合わせていないことが多いことである。

特に、多くの公立高校や、実質全入の私立大学を中心とした進学実績がない私立高校などは、出願手続きの支援程度の指導しかできていないようである。

前置きが長くなってしまったが、

いわゆる「偏差値教育」は、すでに、実質的に、崩壊しているのである。

国公立大学であっても、「偏差値教育」型エリートを、望ましい入学者とは考えないようになりつつある。大学幹部の世代交代が進むのを待たずとも、「偏差値エリート」の時代は、名実ともに終焉するであろう。

新しいエリートに求められるのは何か。

すでに耳にしたこともあるだろう。

課題発見力
課題解決力

プレゼンテーション力
コミュニケーション力

多様性理解力
協働できる力

などである。

しかも、特定分野で突出した能力を発揮できないと、難関大学の総合型入試は突破できなくなっている。

総合型は学力的にどうよという見方をする人がいまだに多いが、少なくとも国公立大学や難関私立大学の一角は、その見方は通用しない。

また、推薦型は、高校3年間の「評定平均」が合否のほとんどを握るので、入試当日の試験のできさえ良ければ合格できるという、言葉は悪いが「一発屋」とは一線を画し、入試科目だけでなく高校で履修するすべての教科や科目で、継続して常に高い評価を取れる能力が必要になる。

この、特定分野における卓越した能力を有する「ハイスペック・スペシャリスト」か、全教科全科目で常に高いパフォーマンスを上げ続けられる「スーパー・ジェネラリスト」か、この2つのタイプが、新しい時代の「学力エリート」とみなされるようになってきている。

古い「偏差値エリート」は、そのほとんどが、今後は辛酸を舐めるようになって行くであろう。

保護者は、そろそろ発想を切り替えないと、良かれと思って与えた教育が、ただ子を苦しめただけに終わった、ということに、なりかねない。

「ハイスペック・スペシャリスト」も、「スーパー・ジェネラリスト」も、テキストやカリキュラムでは育たないことくらいは、容易に想像できるであろう。

近年の私立中学受験における過度な加熱が、「偏差値エリート」こそ「成功への道」だと信じた古い世代の、最後の熱狂となるのかもしれない。