[2022年9月30日]
中学入試では適性検査対策などの思考力問題や記述型問題が増え、大学入試改革では思考力型や記述型問題が主流になりつつある。
しかし、入試改革の本流はここにはない。
密かに進行している、大学入試における総合型選抜こそ、入試改革の本流なのである。
もともと慶應大学が先駆けとして導入した総合選抜(旧AO)だが、今や国公立大学でも主力の入学者選抜方法の1つになりつつある。
もともと米国などの大学入学者選抜の方法だったAO入試が、日本国内の大学でも利用されるようになったものだ。
偏差値教育なるものへの反省もあろう。
総合型で求められる能力は点数化が難しいから、偏差値は算出しようがない。
その他にも、いろいろと言われている。
脱詰込教育
競争緩和
創造力向上
国際競争力回復
また、
塾予備校の高額な費用が負担できない層への配慮
私立学校の高額な学費を負担できない層への配慮
も期待されていた。
しかし、物事は期待通りに進むとは限らない。
総合型では、突出した能力をアピールできないと、難関大学や人気大学の厳しい合格競争は、勝ち抜けないからだ。
多くの難関大学で課される英語外部試験の出願資格は、早期教育で英語を学んだくらいでは到達できないような水準まで、インフレーションを起こしている。
英語力に関しては、難関大学の場合、中学高校の一定期間を海外現地校で学んだ帰国子女や、高校などで長期交換留学を経験した留学生であっても、合格が難しくなってきている。
難関大学では、IELTSの評定や、TOEFLの点数が出願要件になるが、この出願要件を満たせずに、多くは出願前に脱落する。
数学や理科に関しては、数学オリンピックなどの入賞歴や国際大会出場歴などが、要求される。これも難関高校に進学できた人でも、そのごく一部のほぼ天才級でないと、要件を満たせない。
卓越した英語力+もう一つ以上の卓越した能力
これを証明できないと、ほとんどの難関大学は合格が難しい。
英語力以外の卓越した能力の獲得は、卓越した英語力の獲得以上に難しいかもしれない。
プラステッィクごみ回収のボランティアに参加した
こども食堂の運営に参加した
学力不振児の学習指導ボランティアに参加した
そうした程度なら誰にでもできる。つまり全く勝ち目がない。
誰もが取り組めないような経験や体験が必要になってくる。そこには、それを実現できる家庭環境や教育環境が必然的に要求される。
長期休暇は毎回のように北米や欧州やオセアニアなどに家族旅行に出かけ、テーマを持って長期滞在して何かに取組んだとか、それくらいのインパクトがないと厳しくなってきている。
つまり、
総合型選抜を勝ち抜くためには、親の経済力や、親の教育力が、より一層、必要になるのである。
両親共働きで忙しく、ゲームやスマホなどを与えて、実質教育放棄をしているような家庭では、難しい。
経済的な理由から、塾に行かせられない、家庭教師をつけられない、中高一貫校で学ばせられない、などといった経済格差とは、また全く違う、
新しい教育格差が、密かに生まれつつあるのである。
総合型選抜や推薦型選抜がさらに主流になっていくだろうが、そうなれば、かつて一般選抜ほぼ100%だった時代が、もう一度、恋しくなるかもしれない。
経済力などなくても、努力次第で勝ち抜ける余地が、十分にあったからだ。
総合型選抜や、推薦型選抜は、格差をより助長する方向にベクトルが向いていると言えよう。
総合型選抜や推薦型選抜に、格差解消は期待してはいけないと言った方が、よいかもしれない。
多様な選抜方式が残れば、それぞれに都合の良い選抜方式が選択できるから、機会は拡大するかもしれない。
しかし、機会の拡大は、しばしば、格差の拡大につながってきたことを、忘れてはいけないであろう。