[2026年8月17日]
大学入試だけを分析している評論家の方々の中には、公立中高一貫校の適性検査がどのようなものかをよく承知していない人が多いようだ。
こうした方々が大学入試共通テストの評論を行うと、ほぼセンター試験との違いに終始してしまい、かつ歯切れの悪い分析になってしまいがちである。
読み手としても、何が言いたいのか何が結論なのかわからないことが多い。
つまり、評論としても分析としても失敗してしまっているのだ。
共通テストがセンター試験と違うのは時代が変わったからなどというおよそ説明にすらなっていないものさえ見うけられる(説明できないから逃げたのだとしか思えない)。
大学入試だけを分析していて高校入試の分析をしたことがない評論家にも似たような傾向がみられる。
これまでも、共通テストとセンター試験で顕著に相違が見られたのは数学であった。
解法暗記で解けたセンター試験とは大きく出題形式が変わった。
この春の共通テストでは世界史探求で変化が顕著であった。
大手予備校の有名世界史講師が共通テスト入試問題を解説しながら、これを正解させる講義はできないと嘆き節を連発したが、それが共通テストの狙いなのだから、あがいても無駄なのである。
公立中高一貫校の適性検査問題への対策を指導してきた者からすれば、昨今の共通テストは新しい学力観にもとづいた良問にどんどんなっていて歓迎すべきものである。
公立中高一貫校の適性検査問題は、すでに20年ほどの歴史を有するが、いまだにその本質が広く理解されているとはいえない状況にある。
私立中学入試で一般的な学力試験型中学入試の指導をしてきた方々は、適性検査問題を思考力問題などと呼んだりしているようだが、それも本質を捉えていない。
彼らがのいう思考力問題とやらをいくら演習しても適性検査問題が解けるようになるとは限らない。
学力試験型思考力問題と適性検査問題は、まったく別物であるからだ。
こうした認識は、センター試験と共通テストの本質的な違いを認識できていない大学入試問題の評論家の方々の認識にも酷似している。
残念ながら共通テストの数学はチャート式参考書の解法や解答方針を暗記しただけでは歯が立たないようになった。
おなじように、残念ながら共通テストの世界史(世界史探求)も教科書や用語集や資料集を単純暗記しただけでは解けないようになった。
山川の検定教科書には単元ごとに探求項目が追加されたが、それを探求しただけでは共通テストに対応することは難しい。
そうではなく世界史の出題範囲の全域を通して本質的に理解できているかが問われているのである。
全部を暗記しているかではないし、個別に探求できているかでもない。
共通テストの世界史の問題が、やっと歴史の本質を問うような出題傾向になったことは、嘆くべきことではなくむしろ歓迎すべきだと考える。
適性検査化しつつある共通テストは入学者の真の学力を適切に判別するように機能し始めているからである。
筑波大学が2030年度入試をめどに、大学ごとに出題される(つまり大学ごとに作られている)二次試験を廃止すると宣言したが、それが新しい入学者選抜の考え方と共通テストの立ち居地を象徴している。
新しい学力観にもとづく入学試験という観点からは、すでに適性検査は有効に機能していて、その精神は新しい公立高校入試だけでなく大学入試共通テストにも受け継がれているのである。

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