[2026年8月27日]
誰かが書いた記事や評論を読んでモヤモヤすることはほとんどないのだが、学習塾向けの雑誌「塾と教育」(2026年8月号)の中で、有名な教育評論家である「おおたとしまさ」さんの「学力差別」を読んで、ここしばらくモヤモヤしたままである。
そもそも「学力差別」という言葉自体に違和感がある。広く一般的に使われている言葉ではないので、著者の造語と解釈すべきであろう。
記事の表現をそのまま引用すれば「学力によって稼ぎが決まる」ことを『学力差別』と定義している。
学力と収入には「正の相関関係」がみられるという研究は多いが、稼ぎが学力によって決まっているのかどうかには、まだまだ議論の余地がある。
おなじ学力でも稼ぎの幅はあるし、学力の高低と稼ぎの高低が逆転していることも珍しくない。
著者は学力によって稼ぎが決まる「学力差別」社会を変えていく必要があると提言しているが、どんな社会を実現すべきだと考えているかは明示していない。
この記事はそもそも行動遺伝学について書かれた記事だが、遺伝による知能への影響は平均すると約50%(学校成績については約60%)だとしたうえで、論を進めている。
行動遺伝学の権威である慶應義塾大学の安藤寿康名誉教授によれば、5教科に限れば、算数・数学の成績は遺伝的影響がさらに高く、逆に外国語の成績は遺伝的影響が最も低い。
遺伝によって親から子へと影響するのは知能や学力だけではない。運動能力や芸術能力は、一般的な学力よりもはるかに遺伝の影響が高い。
遺伝的影響と社会での成功(おもに経済的な成功)についての研究では、おなじく慶應義塾大学の教育経済学の権威である中室牧子教授の研究が有名である。
子の能力に関する遺伝的影響は科学的に証明されているが、学力や能力の高い人が社会的に成功する傾向があることは差別なのか、逆に学力や能力の高くない人が社会的に成功することが相対的に低い傾向があることは差別なのか、みなさんはどうお考えになるだろうか。
学力差別という差別は存在するのか?
学力格差なら存在すると思うが、格差と差別はまったくの別物なので、学力差別とはいったいどう定義されるべきで、それが実際に存在するのかどうかを含め、丁寧に説明されなければ、モヤモヤはおさまりそうにない。

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