[2017年6月17日]
近日の授業・体験・面談で急増しているのが「毎日学校に行って黙って聞いているのに成績不振」です。
私たち(とは言っても、かなり昔ですが)の感覚として、「学校に行って黙って聞く」と言えば、先生の言う事を『分かろう』『なんでかな』『ちゃんと復習しなきゃ』の感覚でした。(ちょっと格好良過ぎ?)
しかし、現代の不振生徒たちに共通しているのが、『本当にただ聞いてる』のです。
話では無く、「音」として聞き流しているのです。それで「聞いてる聞いてる」と主張します。
ま〜〜た、それを聞いて親が「家の子はちゃんと聞いてるのに分からないんです。先生の教え方か相性が悪いんです。家の子は悪くないんです」と出しゃばって来るから問題が複雑になるんです。
不振生徒たちは「分かろう」とも「出来よう」とも「覚えておこう」とも思っていません。3〜5歳頃「じっとして黙っている子が良い子」と教えられてきましたから、12歳や15歳の今になっても「良い子」を継続しているだけなのです。
目の前の事だけを処理して、1ヶ月以内のことも忘れても、『丸』が貰える方法を先生や学校に求めているのです。
文部科学省や教育委員会の求めている「自ら問題を発見し・・・」と完全に逆行しているのです。
これを普通としている学校。学校で問題無ければ普通と思い込んでいる親。
これで勉強ができるのなら、今の日本に出来ない生徒なんて殆んど居ませんよね。
「終わった事をクヨクヨしても仕方が無い。未来を見て進むんだ!」と綺麗事を言っても結果は現状です。
綺麗事は『出来ている人』を慰めるときだけ言いましょう。『出来て無い人の責任を曖昧にするために使うから、世の中が綺麗事だらけになるのです。