パソコン版を見る

早稲田育英ゼミナール
福山駅家教室

[2019年9月13日]

今日も悪口ですか??20190913

前回の来訪者への無礼な発言の数々、反省しております。

今回は、内部の生徒の事例です。

最近、日本語が分からない生徒が急増しています。
「えっ〜〜、家の子、チャンと会話してますよ」と言われそうですが。それは日本語では無く。信号です。

日本語力とは、読解力+伝達力です。これらは、論理的思考力です。
毎日の生活のなかで、親も仕事をしていて忙しいのは分かりますが、親が子供との会話を省略したり疎ましがってどうするのですか?
キチンと聞かなくても、キチンと伝えなくても、親が「何となくこんな感じだろう」と分かってくれるのを見本として見せるのだから、子供も真似をするのです。

スマホやテレビで情報や知識を得ているから大丈夫。と言う方がいらっしゃいますけれど、スマホの画面で文字を追っている時には、すべて受け身で流しているから、前頭葉が働いて無いと言われています。
自身で紙上の文字を追う時には、文字を考えながら追っているので、動いているそうです。
つまり、「便利だから…」と何でもスマホに頼った結果が日本語力の欠落になっているのです。
学校でも教科書やプリントの内容が読めない生徒が増えているのです。
「読めない」って言うと、すぐに『だから先生が居るんでしょ。先生が内容を説明すれば良いでしょ』との親御さんが多いですが、将来の試験会場で、そんな事ができますか?自力で読む訓練と何とか読み取ろうとの意識が足らないのです。
文章に書かれている状況が理解できなくて、何を問うているのかが理解できなくて、最終的にどうしろと言っているのかも理解できない生徒が増加中です。

「先生〜。分から〜ん」と言ってくる生徒は、まだ救いようがあります。
しかし、多くの生徒は「放っとく」のです。「多分こんな感じ」「何かこんな感じ」です。

日常は、試験中とは違います。分かるまで何度でも時間を掛けて、分かろうと思いながら繰り返して読む努力が不足しているのです。
それをせずに「分からん」で放っとくので、余計に読解力と語彙力が付かないのです。
世界は私の為にあるのでは無いのです。私が世界の為に、世界の役に立つために居るのです。

自分を過大に評価して、楽して、誤魔化して生きても、何にも残らないのです。

皆んなが皆んな、望むものを手に入れられるものでは無いのです。努力や苦労や我慢をしたものだけが手に入れられるのです。
「私はやってる」「私は出来てる」と思うだけではだめなのです。
手に入るまで努力をしないと・・・。
ただ文句だけ言って拗ねていれば、欲しいものが手に入るのは「おもちゃ売り場の駄々っ子」だけなのです。

親もそうです。
他人に文句だけ言ったり、金だけ出して自分の思いを叶えようとしていませんか?

初心に返って、「人のふり見て我がふり直せ」ですよ。

あっ、まさに私のことかぁ?
失礼いたしました〜〜〜。チャカチャンリンチャンリンデンデン。