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早稲田育英ゼミナール
福山駅家教室

[2021年5月28日]

気付いて無いんでしょうが・・・20210528

本人は、お気付きでは無いのでしょうが、最近生徒のお母様やそのお仲間の方々の会話を聞いていて、気になるワードに気付きました。

「〇〇されたから、□□してやった」
「〇〇って言われたから、□□って言ってやった」
「〇〇をやってくれないから、□□を取ってやった」
「〇〇に文句を言ってやって、おわびに□□を送るようにしてやった」
です。

やられたら、やりかえす
目には目を・・・
色々、リベンジや反発の方法や気持ちはあるでしょうし、私も知らずにやってる事がありますので全否定はしませんが、気になるのは『〜〜してやった』の部分です。

されたから『した』なら分かりますが、『してやった』は、正当(?)な反発では無く、自分の腹の虫を収めるための「やつあたり」か「はらいせ」か「鬱憤晴らし」にしか思えません。ましてや、最後の「物」が関わる強制は「詐欺」か「脅迫」になりかねません。

話を進めまして、これらの言葉を塾に向けられる方が居られます。

子供を塾に入れる目的は何なのでしょうか?

私の常識から言えば、子供の成績アップか、子供の不安解消だと思うのですが、どうも「自分の満足」のための塾に見えてしまいます。
「私は、子供をチャンと塾に行かせている『良い母親』」
「私は、子供が嫌な思いをしたら、キッチリ仕返しをしてやる『良い母親』」
「私は、正当にお金を払っているのだから、塾から私の行動をとやかく言われたら、キッチリ反論できる『賢い消費者』」
との感情があるのでしょうか?

成績不振の生徒の多くに見られるのが、目的よりも、自分の感覚・感情を優先されているお母様が多いのが、私の永年の経験から感じています。

勿論、統計ですから「絶対」では無いですよ。

こんな話をすると「絶対なん?」「全員なん?」「証拠は?」って喰いついて来られるのも前述のタイプの方なので一応付け加えておきます。

失礼しました〜。