[2021年7月17日]
「他人を頼る」って言葉を聞いて、どのように感じますか?
楽? ラッキー! 私が苦労しなくても良い! 何とかして貰える!
のプラスな感覚ですか?
迷惑を掛ける。騙される。金を余計に請求される(余程、悪い業者にばかり当ってきたんですね。ご同情申し上げます)。バレると恥ずかしい。「私は知ってる(分かってる)のに、何で他人なんかに…」
のマイナスの感覚ですか?
高度経済成長の頃「お客様は神様です」とか、
バブル期の頃「賢い消費者」「消費者は何でも知っている」とか
近年の「個性」「一人一人の人生」「人それぞれの考え方が…」の言葉に踊らされて(ある意味騙されて)、言葉の認識やレベルを間違って思い込まれている方が非常に多く居られると思います。
前記の「賢い…」や「消費者…」なんて、完全に『煽て』『機嫌取り』の最たるものだと思います。
プロや現場の人よりも詳しくて良く分かっている素人なんて居る筈がありません。
「だろう」や「多分」の方は時々居られますが、殆んどの方は素人です。
その素人が「知ってるもん」「分かってるもん」「他人は当てにならん」と、勝手な判断をして、傷口を広げたり、取り返しのつかない状態にしてしまったのを沢山みてきました。
そこで、「プロ」や「(良く)知っている他人」を頼るしかないのです。
「丸投げをする」や「全責任を求めて、自分は何もしない」ことを『頼る』だと思ってる人が居られます(こんな人が高額請求の人なのかな?)が、だからダメダメになるのです。
ニュートラルな気持ちで素直に内容を聞いて、思い込みを捨てて冷静に現状を受け入れ、何をどこまで手伝って貰えるのか、逆に自分は何をどこまで責任を持ってやるのかをじっくりと話し合って、頼んだり頼まれたりするのを『頼る』と言うのだと思います。
何も努力をせずに、結果の保証だけを求めるのではありません。
間違っても、都合の良い事や耳障りの良い部分だけをつまみ食いすることではありません。
実は、前述のダメダメを求める方と、沢〜〜〜山、出会ってきました。
その都度「この人偉そう」とか「頭おかしいんじゃ無い」とか「家の子、そこまでは…」とか「そんなこと、私は分かっている」と爆批判・爆見下し・爆冷たい目に会ってきました。
理想の完璧なお手伝いは無理かもしれませんが、正しく「頼って」頂けた方には、損得抜きで最大限のお手伝いをさせて頂いてきたつもりです。ところが、「正しく」頼ってこられる方は、そんなに「手間」と「時間」が掛からないのです。
「正しくない」「頼り」を求められる方は、逆に『無限』に手間と時間ばかり掛かって、結果に中々近づけないことが多いです。
ここまで喋ると、「頼る」も「勉強の結果」も、正しい方、正しい生徒しか理想に近づけないのですね。
何だったんだろう(涙)