[2023年9月15日]
「家の子は普通です」
「家の子に問題はありません。平均的な子です」
「家の子は何も問題無いです。小学校で言われましたから・・・」
保護者から度々、何度も、会話の枕詞のように言われます。
そうです。多分普通なんです。多分平均的なんです。多分問題無いんです。
じゃあ、今度は私から質問良いですか?
何に対して普通・平均的・問題無いのですか?
体格ですか?運動能力ですか?発育ですか?人間力ですか?学力ですか?コミュ力ですか?
もう一つ質問良いですか?
「・・・です」って言い切られましたが、どこかで確認できたので自信を持たれているのですか?
私の考えでは、何かの基準があって、将来必要な資格試験や業務遂行・家庭生活に必要な知識・能力の中点近くを「普通」とか「平均的」と思っています。
発育や体格や運動能力に関しては、個人差とタイミングが、かなりの部分を占めますので私が言えることではありません。
しかし、人間力や学力については、ある程度の指針や基準がありますので、本当に「普通」なのか「平均」なのか判断ができます。
例えば、「人間力」って何でしょう?
歳相応の行動や判断・知識・責任感などの比べる相手は全国に1500万人も居るわけですから、親の「・・・はず」や「・・・であって欲しい」ではなく、『〇〇歳なら、これはしないよね』『〇〇歳なら最低でもこれは出来るよね』が言えます。
学力はもっと明快です。一時、忌み嫌われた『偏差値』があるからです。
全国の同学年の生徒たちと比べて、その生徒がどの立ち位置に居るのかを数値で表したものです。
大人数の模擬テスト等で、分母の大きな判定が一番信用できます。
将来の受験や進学の基準になるもので、ごまかしは効きません。
学校の平均点のような、小さなグループの真中の数字を表しただけの、信頼性も信ぴょう性も無い数字よりも、ずっと使えます。
「家の子、学校の平均点くらいだから安心」と言われる方が居られますが、今後、一生、学校の校区から出て活動することは無いのですか?高校受験は当然として、大学受験は全国の同級生が相手です。就職の時にも、その学校の偏差値は会社側も皆んな知っています。と、すれば、『普通』や『平均的』を主張するためには、偏差値50が全ての基準じゃないのですか?
東大や京大の飛び抜けた高偏差だけを求めるつもりはありません。彼らは別格です。
普通が良いのです。普通が何よりです。
では、現状の地元小・中学校の平均的な実力は・・・。
小学校で「良く出来る」と言われている生徒で、偏差値40〜45くらいです。「すごく良くできる」の学年トップクラスで偏差値55〜60(時々70くらいの子も居ますが…)です。
地元中学校で定期テスト平均点くらいの子が、偏差値37〜39(教室のある地域の話です)くらいです。
「クラスで上位」とプライドを持って鼻高々の子でも偏差値50〜55くらいです。
60を越えている生徒なんて一握りです。
話を戻します。「家の子普通!」って、親なら皆んな思いたいです。
でも、現状を知って、不足している部分を補ってやり、間違っている部分を訂正・修正してやり、本気で日本国内の「普通」「平均」にしてやることが、本当の親の仕事では無いでしょうか?
又々偉そうな事を言い切ってしまいました。失礼しました。