[2024年12月10日]
「耳当たりの悪いことはなるべく聞きたくない」
「耳障りな事を聞くと暫くテンションが低いまま」
「出来るだけ嫌な事からは目を背けたい」
当り前のことです。誰でもそう感じると思います。嫌な事、しんどい事をたくさん言って攻めて欲しい体質の人なんて、極々少数派だと思います。
昔から使われてきた言葉など(禁止用語ですが)で言うと、
「あなた、デ☆ね」や「あなたブ〇ね」「お前はバ◇だ」等は、できれば聞きたくありませんし、言う方も、社会風潮から躊躇するのが当り前になっています。
じゃあ、何でもかんでも事実を言わずに『きれい事』や『言葉を濁して』有耶無耶にすることが正しいのでしょうか?
例えば、病院で「血圧が150mbで高いですね」と言わずに、「血圧はどう思われますか?」と患者の意向を聞いて対処してあげることが正しいのでしょうか?
「尿酸値が高いです。このままでは痛風になりますよ。食事に気を付けて・・・」と言わずに「玉子やイクラや明太子はお好きですか?まあ、食事は個人の自由ですからねぇ」と自己判断に任せてあげることが優しさですか?
このままでは『資格試験』に不合格確実なのに『頑張れ〜!可能性は0%では無い』と最後まで事実を告げずに失敗した後で『頑張ったのに残念だったねぇ』と綺麗事の慰め言葉を掛けてあげる方が優しさですか?(現在では、そんな塾や専門学校が【優しい】と持て囃されています)
誰に聞いたって『そんなんオカシイじゃん。分かっとるんなら何で早めに言うてくれんのん』と言われると思います。
当然です。手間と時間とお金を掛けて、わざわざ病気や不合格を求める人なんて居ないですよね。
さ〜〜ぁ、私が不思議なのはここからです。
どうして「学校」や「塾」が事実を伝えると「失礼な」とか「何〜に、偉そうに」とか「そんな事は無い」とか「もう結構です、あっちの〇〇塾に行きますから・・・」なんでしょう?
更に「小学校の通知表では、ほとんど【よくできる】だから家の子はスゴイ」とか「小学校の先生は【心配無いですよ】って言ってるから大丈夫」とか「小学校のテストでいつも80点以上だから、家の子は出来る方」とか「中学校のテストではいつも平均点より上、だから実力は中の上」とか実力の判定が【思い込み】や【イメージ】なのに一方的にマウントを取られる方。
更に更に困るのが「だ〜か〜ら〜!わざわざお金出して塾に通わせるんですよ。何とかするのが塾(学校)の仕事でしょ」「あっちの塾では【頑張ろう】だけで、そんな失礼な事は言われなかったわよ。ここ、ダメね。自分たちの力の無さを生徒の責任にして、たくさんお金を取ろうとしてるのね」まで言われてしまいます。
一番困るのは「厳しそうだから無視して、優しい方に行こ」です。
最初に戻りましょう。下品なコンプラ的に許されない暴言を発したのなら非難されて当然です。
当然、普通の大人ですから初対面の方に「べらんめぇ」調で喋るなんてありません。
病院で言ったら、症状の原因と数値・現状と対処法をお伝えしているだけです。
何故、塾では許されないのでしょうか?
間違いを修正し、望む結果や上昇を求められているのではないのですか?
“流行り”の【優しい】【叱らない】塾で全員の生徒が修正できるとは思えません。
私たちは毎年毎年の学校や生徒たちの実状を調べ・確認することを長年続けてきました。
それを「そんな事はない」と非難されるのは、事実より【聞こえの良い綺麗事】が良かったのかな?事実をお伝えすると叱られるのですから・・・(涙)。