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早稲田育英ゼミナール
福山駅家教室

[2025年5月5日]

「頑張る」ための覚悟が・・・20250505

「頑張る〜」「今度はやる〜」「僕はやってる〜」「私なりに出来るだけはやっている〜」等々。
中々成績が上がらない生徒や、成績が下降を続けている生徒が使うセリフです。

成績がアップしている生徒や成績優秀者は誰も注意しませんから絶対に使わないセリフです。
『やって無いから』『分かって無いから』『結果として成績も上がらないから』注意するのですが、本人たちは「やってる【つもり】」「分かってる【つもり】」「出来てる【はず】」と軽く考えているので、誰が何を言っても『口先だけで・・・』反発して終わりです。

【つもり】って何でしょう?本人が勝手に思って勝手に許しているだけでしょ?
【自分なりに】もよく使いますが、どうして何でも自分が判断して自分が認可するのですか?これから30年も50年も社会人になっても、ずっと何でも自分だけで判断して認可するのですか?【出来る範囲】の限界は、いつ分かったのですか?じゃあ、周りの人は合格できても、私は範囲の外なので諦めるのですか?

社会の風潮が【何でもゆるしてやれ】【子どもの気持ちが最優先】になっているので出来ていない子ども達ほどその風潮を最大限に利用しているように感じます。いや、利用しているから出来ていないが正しいのかもしれません。
もちろん、自殺するまで追い詰めてやってはダメですし、引き籠っては元も子もありません。
しかし、【きれい事】を後ろ盾にして、【やらなくても結果は人並み以上を欲しがる】風潮はどうでしょうか?
『今度こそやるんよ』「分かってるよぅ。絶対やるよぅ」で、またまた前回と同じ。
『先生の言うことを素直に聞いて絶対やってる?』「私はそんな悪い子じゃないよ。私なりに出来る範囲でやってるよ」で今までと何にも変わらない。

「覚悟」や「ケジメ」ってワードは死語なんでしょうか?
子ども達やお母様方に言わせると「何それ、このIT全盛の時代に精神論ですか」となります。
でも、何でも同時に何個でも「幾らでもやりたい事はやらせて」「やりたいだけやらせる」なんて不可能なんです。学年や学校が上がれば上がるほどやるべき事に時間と手間が掛かり、趣味や習い事を優先するなんて無理になるんです。
だから、新しい習い事や新学年・新しい部活動に入って活躍し、尚且つ勉強も多く・深く・確実に行うためには【覚悟】が要るのです。安易な気持ちのまま「何とかなるでしょ」なんて始めると、楽しいこと好きな事に時間と手間を掛けてしまいます。人間て弱いものです。
その証拠に、成績が良い生徒ほど部活動が終わると「サッサと下校」します。成績不振者ほど無駄話をしながらダラダラ着替えます。その上校門の外でいつまでも無駄話を続けます。
ここに出てくる言葉が「ケジメ」です。
好きな事ややりたい事には精一杯。終わったらサッと切り替えて次の事。この一段落の切り替えを「ケジメ」とすべきなのです。
宿題と携帯とおやつとテレビを同時にダラダラもダメですよね。ケジメが無さ過ぎです。

「そんなん、親も仕事してるんだから見てられないでしょ」って何人にも叱られました。
常に家庭に居て24時間監視が可能な保護者がどれくらい居られるのでしょうか?今や少数派では無いでしょうか?じゃあどうすれば・・・。
一方的に命令し、「私の子どもなんだからやってくれてる【はず】」と放っとくから何も変わらないのです。しっかり意見を言い、しっかり子どもの思いも聞き、実行可能な【仕掛】や【ルール】を作るしかないのです。当然、保護者も少しだけ変化やチェックの時間も必要になります。
誰かを頼って協力してもらうことも大切でしょう! 過去、私も色々相談に応じてきました。

これが成長や成功のための【覚悟】だと言ってるのです。
「その内何とか・・・」とか「家の子も大きくなれば・・・」なんてありません。