[2015年10月16日]
今回は少し辛辣なことを書きますので、「子育ては、手を掛けてやった量が愛情の量」とか「私のやり方は間違って無いので、家の子がそんな筈は無い」等の考えをお持ちのお母様は、気分を害されますので読まれない方が良いかと・・・。
と、事前に予告しましたので、遠慮無く書かせて頂きます。
近年の小5〜中3の生徒が、「何故か極端に幼いなぁ」と感じて、何人かの教育関係者に聞いてみますと、やはり同様のことを感じておられました。
原因を色々探ってみますと、一つの傾向が見えてきました。
「大切なこども」「子どものために…」「家の子にはまだ…」「家の子にかぎって…」と子どもを愛しているからこそ出てくる言葉が、実は、自分の評価を下げないための防衛手段となって、子どもの年齢相応の成長を邪魔している様にみえてきました。
昔は「何が普通か」「どれ位で歳相応か」を近所や祖父母の意見から皆が認識していました。
ところが近年は、「個性」とか「家の子は大器晩成」とかのお母様の「思い込み」や「自己満足」の言葉で、冷静な早めの修正をできなくしている気がします。
勿論、発達障害等の生徒を早めに見つけてフォローできる態勢になった事は大変な評価ですが、それ以外の生徒まで必要以上に甘やかす事態になってしまっているのです。
確かに小学校の「何でも許す」「何でも褒める」体制が原因だとおっしゃる方もありますが、その小学校が別の方法をとったら「異常なクレーム(ある意味言い掛かり)」をつけて、小学校に身動きを取らさない様にしたのもそんな思い込みお母様です。
そんなお母様の顔色だけ見ていれば、そんなお母様が怒らなければ、そんなお母様が「良い子ね」と言ってくれさえすれば、陰でどんな無茶や他人に迷惑や信用を失くすことをしていても、「家の子は良い子」に守られて成長を止めて、何でも他人のせいにして楽している生徒たちがいるのです。
そんな子が苦労して「チャレンジ」や「競争」をして、歳相応を求めると思いますか?
何でも何割かはスルーする。何でも自分の損得で判断する。我慢が出来なくなると「作り話」でも母親に言いつける。すると「立場」や「金の力」を知っている母親が更にクレームを…。
勿論、正当な話し合いや要望は必要です。
しかし、「私は正しい」「私はできている」「私は知っている」「私は分かっている」「私は間違っていない」と、誰に確認したの?誰が言ってくれたの?と逆質問したくなる根拠で来られては、学校も塾もパワハラ以外には受け取れません。
何が普通か。今、何が必要か。現在の学校の実態は…。今後の進路に必要なことは…。等。私たちはこれらを調べるのが仕事です。その私たちを言い負かして勝ちたいのは誰のためですか?
大変、偏見に満ちた文章ですみません。
気分を害された方「ごめんなさい」。
目を背けて、「私たちは教えた」「教えたけど出来ないのはこの子」で大量の生徒を集めて利益を優先する大手塾や学校。
私は、それでは「忍びない」です。
この問題は、今皆で考えるべきですよね。
これが「お前は独り善がりだ」と言われる所以ですかね?