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尾崎塾
富田教室

[2020年11月13日]

ニュートリノといえば

小柴さんが亡くなったとのこと。

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ニュートリノの研究でノーベル賞を受賞された方です。

その研究がその教え子に引き継がれて,梶田さんのノーベル賞にもつながっています。

奇しくも,最近の学術会議問題で,よくテレビでお見掛けする,あの方です。

実は,その研究で重要な役割を果たしていた私の友人がいました。

たいへん残念なことに,その友人は40代半ばで,小柴さんより先にあの世に旅立ってしまいました。

たらればですが,ひょっとしたら,私の友人も共同研究者ということでノーベル賞の候補になっていたかもしれません。


その友人の名は金行健治くん。

彼とは,茨木高校の軟式テニス部で一緒だったのです。

部活の時間はもちろん,それ以外の遊びの時間もたいてい彼と遊んでいました。

特に,昼休みにはいつも部室でナポレオンをやっていたのが思い出です。

テニスの腕前は私が一番で,彼は正直へたくそで,いつも私に勝てません。

ですが,ナポレオンは対等の勝負ができていました。

それで,お勉強の方ですが,その彼はとんでもなく優秀だったので,こちらに全く勝ち目がありません。

テニス,ナポレオン,勉強で結局1勝1敗1引き分けみたいな関係です。

その学業優秀な彼は,高2の秋には部活を引退し,さらに勉強を加速させました。

一方,私は高3の春のインハイ予選まではガンバロウと,テニスばかりやっていました。

そして,あろうことか,春に不本意な負け方をしたものだから,夏までテニスをやることにしたのです。

まあ,夏に府大会まで進めて,納得できる終わり方ができたのはよいのですが,それから本格的に勉強開始です。

そして,唯一夏に学力がついたのが物理だったのです。

夏休み明けの校内模試。

物理の点数が返ってきました。

やはり上出来で94点もありました。

これ,ひょっとして?金行に勝ってるんじゃね?

ということで,

「おい,金行!物理何点やった?」と聞いてみたのです。

すると,彼曰く,「97点」

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まあ,そういうことで,一度も勉強で勝てなかったわけです。
(テニスは一度も負けてない!)

その彼は,どういうわけか,阪大に進学しました。

大学に入ってしばらくぶりに会うと,「今度,岐阜に行くねん」と言ってました。

当時,何のことやらわかりませんでしたが,それがニュートリノの研究施設カミオカンデだったのです。

その後,彼は持ち前の頭脳を駆使し,カミオカンデの装置開発やら操作やらの中枢的な存在になっていったのです。

そういうわけで,梶田さんと一緒に研究していたのですが,ノーベル賞の報せを聞く前に病に倒れてしまいました。


おそらく今頃,あの世で小柴さんを笑顔で出迎えていることでしょう。

ご冥福をお祈りします。


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