[2011年8月26日]
たとえば昨日の授業で英文和訳をするときにbe + to不定詞が出てきた。
文法書によると5つくらい訳し方があるらしい。
義務「〜すべきだ」
予定「〜することになっている」
運命「〜する運命になっている」
可能性「〜できる」
意図「〜したい」
それを「ぎ」「よ」「う」「か」「い」→ぎょうかい(業界?)
というようにゴロで覚えてあてはめようとしていた生徒がいた。
その生徒はよく勉強していてすばらしいのだが,
「・・・「か」ってなんだっけ??」
と悩んでいた。
ゴロを覚えたとしても中身を忘れる危険性がある。
そもそも,5通りの訳し方をあてはめてしっくりくる用法を採用するような勉強法ってどうなのだろうか。
たぶん,スラスラ読める人はそんなことはせずに意味をとる。
で,文法上気になったらbe toの用法を調べてみて,自分の訳し方と同じ用法があるかどうかを確認するのではないか。
これは単語の意味を調べるときにも言える。
文中で出てきた未知の単語を,多くの生徒は辞書のはじめの訳から順にあてはめていって,しっくりくるのを採用する。
英語のできる生徒は,もとの文やその前後の文脈から単語の意味を推測して,「○○みたいな意味なのかな?」とあたりをつけて辞書を引く。
そして辞書に自分の考えた意味と同じような訳があるかどうかを確認するのである。
それで「ああ,やっぱりそういう意味の単語だった!」と的中したときの快感があるので,その単語が記憶にも残りやすい。
このように,辞書の引き方一つで単語力や用法の記憶定着に差が出てくる。
辞書を引く=めんどうな作業=不快感=勉強嫌い
辞書を引く=わくわくする作業=快感=勉強楽しい
精神的にも差が大きい。
こういうのは英語に限らず,どの科目にもある。
調べる度に賢くなっていく自分にわくわく感を得られるように勉強していく。
すると学力がどんどんついてくる。
余談:このブログが何と私が書いた500回目の記事。
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